「シルクのメガネ」で街に出よう 「蚕飼育」がくれた豊かな時間
2026年5月〜6月、私は蚕飼育に挑戦しました。かわいいお蚕さんとすごす時間はどこか懐かしく、優しい空気に包まれていたように感じます。命の尊さに向き合い、また日本の歴史を違う角度から見ることができたこの時間は私に新しい価値観を吹き込んでくれたようです。

「シルクのメガネで街に出よう」シリーズ第二弾です。今回は第一弾でご紹介した「SILK OF LIFE」の蚕飼育体験プログラムを、この春私が受講した様子と、心の動きをレポートします。

 

 

お蚕さん大好きな人、咲絵さんと出会う

私がお蚕さんを飼うことになったのは、日々愛してやまない着物の素材となっているシルクのことをよく知るために、シルク伝道師協会というシルクの勉強会に参加したことがきっかけでした。

そこで、私はこの勉強会の先輩である鈴木咲絵さん(以後、咲絵さん)に出会います。

咲絵さんは、蚕とシルクを通じて命と循環を伝えたい、そして数年後にはなくなると言われているシルク産業をなんとかしたいと、「1000年後の未来にシルクを繋げるプロジェクト」として、「SILK OF LIFE」を立ち上げ、「小さな命とすごす春夏秋 お蚕さん育て 繭でものづくり」という蚕飼育のプログラムを展開しています。

 

咲絵さんに出会った1月の勉強会以来、私はお蚕さんのこと、シルクのことをなにか記事にできないかとそればかりを考えていました。

そして、蚕飼育が始まる春、私はそれまでの思いを形にしようと決め、4月中旬、咲絵さんに「SILK OF LIFE」の蚕飼育について、取材させてもらうことにしました。

群馬県の養蚕農家さんのところへお手伝いに行く咲絵さん。以前は働きすぎでよく体調を崩していたという咲絵さんはシルクに出会い、その心地よさを体感する。実際シルクのインナーを身につけるようになって、肌のトラブルがなくなったのだそう

日本の養蚕の歴史と現状、そして咲絵さんの思い

日本では1859年から1934年までの75年間、輸出額の1位は「生糸」(絹糸)でした。また1909年には、日本は世界一の輸出生糸生産国になったそうです。生糸は外貨を獲得し、日本の発展を支えました。

しかし、化学繊維の普及などにより、最盛期には220万戸(1929年)あった養蚕農家も2025年には113戸まで減り、製糸工場もどんどんと減っています。このまま何もしなければ、あと数年で日本の絹はなくなってしまうというところまで差し迫っているそうです。

 

咲絵さんは、この状況をなんとかしたいと考え、2025年5月に「SILK OF LIFE」を立ち上げます。

手始めに、養蚕農家の広報ツールとして、桑の葉を使ったクッキーを作り販売しました。その2カ月後の7月、養蚕家さん、養蚕農家さんと一緒に蚕飼育プログラムをスタートしました。現在はスタッフやサポートメンバーも増えたのだそうです。

 

咲絵さんは養蚕業が日本の礎になったことを踏まえ、「日本人なら一度はお蚕さんを飼ったことがある」という状態にしたいのだといいます。

これからの人生は「お蚕さんとシルクに捧げる」という咲絵さんの熱い思いを聞いているうちに私の中の「お蚕さん、いつか飼おうかな」という気持ちが「今、飼おう!」と変化していきました。

 

 

飼育キットが届き、お蚕さん飼育仲間とつながる

5月の初め、蚕飼育キットが私の手元に届きました。箱の中身はお蚕さんの卵、乾燥を防ぐシート、お蚕さん飼育の手引書となるスタートブックなど、飼育に必要なものが入っています。

まずはスタートブックを読み、LINEのチャットグループに登録します。これからこのグループで蚕飼育仲間との交流が始まります。

ここから始まる世界は大きかった!この飼育プログラムでは、①命と循環、②シルクの活用と特徴、③養蚕の仕事、④シルクの歴史、⑤繭のものづくりなどを学ぶことができる。養蚕農家さんにプログラムに協力してもらうことで、養蚕農家さんへの支援にもつながる仕組みになっているという(写真提供 SILK OF LIFE)

 

お蚕さんを飼うことになると、桑の木のことも気になる。探してみるといつもの散歩コースにも桑の木を何本も見つけることができた。この辺りでも養蚕をしていたのだろうかと想像がふくらむ。今回の蚕飼育プログラムでは無農薬の桑の葉を送ってもらえるオプションがある

「蚕母」という言葉に出会う

『養蚕と蚕神 近代産業に息づく民俗的想像力』(沢辺満智子著、慶應義塾大学出版会)私の知りたいことがたくさん書かれている本。何回か借りて読んでいたが、とうとう買ってしまった

さて話は少し逸れますが、飼育キットが届いたころ、私は図書館に行きお蚕さん関連の本を何冊か借りてきました。その中の一冊『養蚕と蚕神 近代産業に息づく民俗的想像力』(沢辺満智子著、慶應義塾大学出版会)の中で、私は「蚕母」という言葉に出会います。

 

「(前略〜)蚕が孵化してからしばらくは、蚕のそばを片時も離れず、世話をするように説き、その飼育者を「蚕母」と書く。」これは『養蚕秘録』(上垣守国著、享和3年)に、記載されていたそうです。

養蚕農家さんはお蚕さんが暑くないか、寒くないかを自分たちの肌感覚を通して、お蚕さんたちが心地いいように常に気を配っていたのだと言います。まさに自分の子どもたちが赤ちゃんだった頃のことを思い出させます。

 

この「蚕母」という言葉から、養蚕農家さんがお蚕さんを大事に育てていたのかということが伝わってきて、温かい気持ちになりました。そして私も蚕母として過ごすのだ(にわかだけれど)と、まだ生まれぬお蚕さんに対しての母性が芽生えはじめたのです。

 

 

「ママ友」ならぬ「蚕母友」というつながり

小さな1齢と大きくなった5齢の比較写真。わが家のお蚕さんは11頭が孵化した。ここから脱皮を繰り返すごとに2齢、3齢と大きくなる。4回の脱皮を繰り返し、体重が約1万倍になる(写真提供 SILK OF LIFE)

さて、飼育が始まるとLINEグループのやりとりは盛んになります。私を含め、「にわか蚕母」たちは、お蚕さんという小さな命を守るために一生懸命でした。困ったこと、不安なことは質問すればサポートに入ってくれている養蚕家さんが24時間以内に回答してくれます。

 

「一頭だけ小さいけれど、大丈夫でしょうか?」「脱皮がうまくいかないようなのだけれど……」と子育て中は悩みがつきません。中にはうまく脱皮できずに死んでしまう子もいます。「お蚕さんにとって脱皮することは命懸けなんだね」と感想をもらした小学生の蚕母さんもいました。

 

また、お蚕さんの写真や動画があがれば、「かわいい!」と目をハートにして喜んでいる蚕母たちの様子がLINE上からもうかがえます。お蚕さんを飼ったことのない人からしたら、ちょっと滑稽に見えるかもしれませんね。

蚕飼育を支えてくれるSILK OF LIFEのみなさん。(左から逆時計回りに)養蚕農家くくり・内田由希江さん、養蚕家の蚕屋・飯村昌さん、主催の鈴木咲絵さん、いそがい呉服店の水野隆子さん(写真提供 SILK OF LIFE)

このLINEグループで戸惑いや不安、そして喜び、悲しみを分かち合うことは、自分一人で蚕飼育をするよりも、よりたくさんの経験をさせてもらったように思います。愛情をたっぷり受けて育つお蚕さんたちは、食べる、眠る、脱皮を繰り返し大きくなっていきます。

 

この飼育プログラムにはオンライン講座もあり、養蚕の歴史、シルクの特徴・活用方法、日本のシルク産業などについて学ぶことができます。この時間は全国にいるLINEグループの蚕母仲間と顔を合わせることができる楽しい時間でもあります。

私はお蚕さんの糞を使ったお茶(蚕沙茶)があることを知り、自分でも作ってみようとお掃除しながらせっせと糞を集めた(桑の葉は分けきれないので桑の葉入り)。乾煎りしたものをほうじ茶と合わせて飲んでみたら、クセもなくおいしい。一生懸命桑の葉を食べるお蚕さんが残した?ものは全て利用してみたいという気持ちがあった

優しい雨のような音を聴きながら、命のことを考える

脱皮を4回繰り返し、5齢になったお蚕さんは、本当によく食べます。桑の葉をひたすら食べ続ける姿は健気で、心を打たれます。そしてその咀嚼する音、さわさわさわ、しゃくしゃくしゃく……。

言葉でうまく表現することはできません。雨音のように聞こえるので蚕時雨(こしぐれ)と言われています。ずっと聴いていたい優しい音です。わが家の11頭分の蚕時雨もすてきでしたが、養蚕農家さんの何千、何万頭の音は一体どんな音でしょうか。

 

そしてお別れの時期も近づいてきます。お蚕さんが糸を吐き出す前に蚕母の私たちにはそれまでのお世話の他に、大きな仕事が二つあります。

一つは繭を作るまぶしと呼ばれるスペースを用意することです。まぶしはトイレットペーパーの芯や厚紙で作ります。どんなまぶしを作ったのか、LINEグループで、蚕母たちは写真を共有します。

そして、もう一つの仕事は繭をどうするかを決めることです。蚕飼育が、他の昆虫飼育と違うのは、繭を人間の暮らしに生かすことができるという点です。このプログラムの目的の一つでもあります。お蚕さんの命と引き換えに手に入れた繭をどう生かしていくのか、私たちはしっかりと考えなくてはなりません。

 

一本の長い糸を取りたい場合は冷凍してから茹でて糸を取ります。お蚕さんを成虫にしたいのであれば、繭に穴が開くことになるので長い糸は取れませんが、真綿や紬糸を作ることができます。

また繭を利用して繭人形や化粧水も作ることができます。繭を冷凍する。繭を茹でる。正直、複雑な気持ちです。どうしようかなと考えながら、咲絵さんの話を思い出します。

みなさんの素敵なまぶし。このまぶし建築にも愛情が見える。お蚕さんは一体どんなまぶしが好きなのか、気になるところ

咲絵さんは長野県岡谷市にある製糸工場に見学にいったとき、繭を茹でている匂いを嗅いだそうです。それはむんっとするような動物臭。

そのとき、咲絵さんは気がついたのだと言います。牛も豚も鶏も植物も、そしてお蚕も同じなのだ、自分はたくさんの命に生かされているのだと。

 

そして、その自分という一つの命をどう使うかを考えだしたとき、咲絵さんは生き方が変わったのだと言います。それからは体調を崩すことがなくなったそうです。咲絵さんは「私はお蚕さんから人生をもらった」と教えてくれました。

 

 

お蚕さん、糸を吐く

桑の葉をどんどん食べて、もういらない!となると、お蚕さんたちは何も食べなくなります。そして、真っ白い体が少し飴色になると、糸をはく場所を探し始めます。気に入った場所を見つけると、頭を8の字にくねらせながら糸をはいていきます。その様子はとても神秘的です。

2、3日、休みなく糸をはき、繭を作ります。そして、そのままにしておくと、8〜14日後には成虫として繭から出てきます。

上の段のお蚕さんは繭を作り始めたところ。下の段のお蚕さんは完成したよう。

神々しく、かわいらしい。そして潔さがかっこいい

神様みたい!繭から出てすぐのお蚕さん。美しさに感動しました。大人になったお蚕さんは何も食べません。生殖行動をします

今回、私は4個の繭を冷凍し、残りの7頭のお蚕さんを成虫にしました。そのうちメスが4頭、オスが3頭でした。成虫になると生殖行動が始まります。

 

メスはフェロモンという物質をだし、オスはそれを感知すると落ち着かない様子で、飛べない羽をバタバタと動かしながら素早くメスのところへ移動し、交尾します。

交尾は自然に離れる場合もあるけれど、離れずにそのまま亡くなってしまうこともあるそう。卵をとる専門の業者では人の手でオスとメスを離す「割愛」という作業を行うそうです(やむを得ず省くときに使う割愛という言葉の由来になっています)。

 

そして、メスは一頭あたり、500粒の卵を産むと言われています。小さな体で一つひとつ根気よく産みつけていきます(※)。そんな姿が私には、「全力で生きている」、そう見えました。

最後、力尽きて枯れたように死んでいくお蚕さん。潔くてかっこいいなと思いました。亡骸は、庭に来る野鳥に食べてもらったり、土に埋めたり、蚕母たちは、それぞれのお別れをします。循環だねと思いながら。ありがとう。お蚕さん。

 

(※) 「SILK OF LIFE」の蚕飼育では養蚕を守るため、お蚕さんの卵は観察にとどめ、孵さないという約束があります。お蚕さんには「微粒子病」などの感染症があり広がる恐れがあるからです。卵は観察後、土に還したり、他の生物の餌にするなどします。

 

 

蚕飼育を終えて

実はこのプログラムに参加する前、私はお蚕さんを飼うことを少しちゅうちょしていました。お蚕さんの命を止めて、美しい絹糸を取るということはかわいそうなことだと思っていたからです(絹の着物を着ている私がいうのはおかしいのかもしれませんが)。

 

けれど、今回、LINEグループでのやり取りや、蚕母という言葉を通して農家さんの思いにふれられた(ような気がしています)ことで少し考えが変わりました。

お蚕さんの一生を考えると「かわいそう」なことに変わりはないけれど、お蚕さんを育てるということの尊さや、日本人がいかに大切にお蚕さんを扱ってきたのかが体に沁み入るように感じられたからです。

 

私はまだお蚕さんからもらった繭を何にも利用できていませんが、蚕を飼うという2カ月間は私に何度も感動と気づきを与えてくれました。

日本を支えたという蚕糸産業のこと、お蚕さんをお世話した農家さんの思い、虫の世界、桑の葉のこと、優しい蚕時雨の音、全力で生きるお蚕さんの姿、そんなものにふれながら私の2カ月間は愛おしさに満ちた優しい時間となりました。

 

また、七十二候の「蚕起食桑」という孵化した蚕が桑の葉を食べ成長する時期を表す言葉にも出会い、季節をより深く感じることもできました。

 

実は、お蚕さんが引き寄せてくれたことは他にもたくさんあるのですが、長くなってしまうのでここでは割愛します。それはまた別の記事にしたためられたらと思います。お蚕さんを飼うことで何を感じるのか、どこに興味を持つのかは人それぞれだと思います。

でもきっと、尊い時間になることは間違いないと確信しています。

Information

SILK OF LIFE

https://silkoflife.jp

シルク伝道師協会

https://silkdendoshi.com

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この記事を書いた人
山田麻子ライター
横浜市青葉区在住。中学生女子、小学生男子の母。料理の仕事歴25年以上。管理栄養士。森ノオトでの初めての取材をきっかけに、絵本、詩、素話に出会い、その世界の虜に。以来、絵本と飲み物やお菓子の相性を考えるのが楽しみに。図書ボランティア活動、おはなし会のお菓子作りなどに心ときめく。現在の夢は「語り手」になること。 ブログ:スマイル*ごはんを始めよう
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