顔を見つめる、声を聞く。そして、個人を知る|写真家・松村明さんと考える「被爆の記憶」の継承
2026年8月16日、100人の被爆者のポートレートを撮り続けてきた写真家・松村明さんを森ノオトにお招きし、アートフォーラムあざみ野で座談会を開催しました。8月9日に刊行された松村さんの写真集『長崎 閃光 100の憶い』には被爆者の体験談の音声も収録されています。その声を録音するプロジェクトに参加した小学生から大学生までの子ども・若者やその保護者、被爆の記憶の継承に関心のある方々25人が集いました。写真と「声」という二つのメディアを通して、81年前の長崎原爆の記憶を「自分ごと」として受け取り直す時間になりました。

■記録をするから記憶が継承される

アイスブレイクで参加者の気持ちをほぐした松村大さん

会の冒頭、松村さんの息子である松村大さんが、クイズを交えながら短いレクチャーをしました。ティラノサウルスの牙、歴史上の一場面の絵、そしてナイチンゲール。

「今はもういない人たちのことを、なぜ私たちは知っているのか」と問いかけ、「それは、誰かが“記録”を残してきたからだ」と大さんは語ります。

ナイチンゲールが病院での死因を記録・分析し、対策を講じることで生存率を大きく引き上げたエピソードを紹介しながら、「今日ここで学んだことを、自分の記憶として次の世代に伝えてほしい」と、この日の趣旨を子どもたちに伝えました。

ご自身が撮影した被爆者のポートレートを前に語る松村明さん

続いて、写真家・松村明さんが自身の活動について語りました。きっかけは、被爆二世である妻の存在。長崎に通ううちに、「観光地・長崎」のイメージとは違う、この土地固有の記憶にふれるようになったといいます。

 

松村さんは20年近く8月9日に開催される原爆の日の式典に通い続けてきましたが、参列者は年々減り続け、関係者よりも報道陣の方が多いと感じられるような光景に変わってきたと語りました。「80年経つと、こんなふうに状況が変わってくるんだという実感があります」

 

松村さんが最初に撮っていたのは、被爆マリア像などの遺構でした。しかし撮影を重ねるうちに、「被爆者本人が写っていなければ、被爆を語るに値しないのではないか」という思いが芽生えたといいます。とはいえ、被爆者本人を撮らせてもらうことは簡単ではありません。

初めて撮影に応じてくれたのは、長崎原爆被災者協議会の谷口稜曄(すみてる)さん。郵便配達中に被爆し、背中に大きな火傷の跡を負った谷口さんは、頼んでもいないのに自ら服を脱ぎ、傷跡を見せてくれたといいます。

「自分をさらけ出してでも、世の中に訴えてほしいという思いだったのだと思います」。谷口さんは2017年、88歳で他界しました。

 

厚生労働省の調査では、被爆者の平均年齢は今年3月末時点で86歳を超えています。

「今のうちに撮っておかないと。自分の体力の問題もある。できる限りのことを、今のうちにしておかなきゃしょうがない」。77歳になった松村さんは、そう語ります。

音声を吹き込んだ大学生に写真集を渡す松村さん

今回出版した写真集について、松村さんは構成へのこだわりを語りました。被爆者の顔写真をあえて言葉から切り離し、写真だけをまず見せる構成にしたのは、「写真と文字を一緒に見せると、人はどうしても文字を追ってしまう。そうではなく、顔と対峙してほしかった」から。具体的な体験の詳細は、後半の別冊にまとめました。

 

さらに今回、28名の被爆者については体験談とともに二次元コードを付け、被爆当時と同世代の子どもたちが本人の言葉を朗読し、音声で聞けるようにする試みも加えました。

「写真をさらっと見るのではなく、声を聞くことでもう一度じっくり写真を見てもらえる。相乗効果があったと思います」

 

 

■撮影の現場で聞いた、忘れられない言葉

会場では実際の写真集や写真が並べられ、参加者がじっくりと見る時間も設けられました

座談会では、松村さんが撮影の中で出会ったいくつかのエピソードが語られました。

爆心地から1.8kmで被爆した谷口さんは、9カ月にわたる入院生活の中で床ずれによって胸がえぐれるほどの傷を負い、周囲から「まだ生きている」とささやかれるほどの状態だったといいます。それでも生き延び、長い間うずく背中のケロイドを抱えながら、被災協会長として被爆の惨状を訴え続けました。

 

12歳の時に川に飛び込んだことで奇跡的に助かった野口さんは、当初「もう忘れたいから」と取材を固く拒みましたが、半年後に直接訪ね、根気強く関係を築いたことで、ようやく撮影が実現したといいます。

爆心地から4kmの丘の上で、落下傘や閃光、そして人々の悲鳴が塊になって迫ってくる「音霊」までも体験したという平木さんの証言も、松村さんにとって強く印象に残るものでした。

「被爆の状況は、距離や場所によって本当に大きく違う。5キロ圏内でも窓ガラス一つ割れなかった人もいれば、10キロ離れた畑で爆風に飛ばされた人もいる」。

一つひとつの体験が、いかに個別で、かけがえのないものかを、松村さんは繰り返し語りました。

 

 

■朗読した子どもたちが感じた使命

森ノオト理事長・北原まどかが、松村さんや参加者に問いを重ねていきました

座談会の後半、ファシリテーターを務めた私、森ノオトの北原まどかは、松村さんに、直接話を聞くことが難しくなっていく時代に、撮り続ける意味について問いかけました。

「写真というメディアは、撮った後に残る。それが一番のポイントです。写真集というものにして残すことで、私がいなくなった後も、それは残り続けて、そこから伝えていくことができる」

 

息子の大さんにも、家族としての思いを聞きました。「大それた大義があったわけではないんです。被爆の話は大きすぎて、自分に何かができるとは思えなかった。でも父がそういう活動をしているのなら、それは自然に応援したいと思えて、手伝えることをやろう、と」

その後、参加者同士が、写真集から、そして松村さんの話から何を受け取ったのかを語り合いました。

被爆者の言葉を朗読・録音した子どもたちが感想を共有しました

被爆者の言葉を録音するプロジェクトに参加した高校生は、「原稿を読むだけかと軽い気持ちだったが、実際に目を通したとき、この人の気持ちを汲み取って伝えていかなければという使命感を感じた」と話しました。

 

小学生の娘さんの録音に付き添った保護者は、「今の生活とはまるで違う様相の原稿を、子どもがどう受け止めるか心配もありましたが、彼女なりに何度も練習し、納得がいくまで考えながら読んでいた」と振り返ります。

 

戦争を題材にした舞台に立ってきたという大学生は、「作品としてやると、どうしても美談になったり、マイルドに包まれたりする。でも実際にその時代を生きた方の声や文章を、自分で読んで咀嚼したときに感じるものは全然違った」と語りました。

 

ある保護者が語った言葉が、私は印象に残りました。

「人間は何かを判断する時に、想像できないことに対しては間違った判断をすることもあると思う。だからこそ、知ろうとすることが大切なのだと思う」――。

 

 

■個人を深く知ることから始まる

参加者の声を受け止め、私はある問いが浮かびました。今、日本は80年以上戦争をしていない。なぜ今、私たちは平和でいられるのか。そしてこの状態が続くために何が必要なのだろうかということです。

それに対して松村さんは、「今の状況は、決していい状態ではないとひしひし感じている」と前置きしたうえで、「平和を希求するために何を考え、何を行動していくべきか、一人ひとりが意識を持ち続けることが必要だ」と語りました。

 

もう一つは、教科書やニュースで語られる「広島・長崎」というマクロな出来事ではなく、個人の体験・個人史を記録し伝えることの大切さについて。「個人個人が、それぞれの歴史を持っている。大雑把に物事を捉えるのではなく、一つひとつ深く知ろうとすることで、初めて見えてくるものがある」と松村さんは答えました。

 

私は大学時代にライフヒストリー研究をして、「個人の人生にこそ、社会や歴史が凝縮している。一人ひとりの人生の集積である社会をよくしていくには、個人を知り、個人を尊重し、その人生を受け止めていく関係性から始まる」と考え、地域に生きる人々の人生とともにあるローカルメディアの道を志しました。それが今の森ノオトにつながっていると思っています。

 

「松村さんが被爆者のことを語った、その語り口が、まさに被爆者から直接話を聞いているかのように胸に迫りました」。参加者の言葉から、自分が実際に体験したことでなくても、知ろうとすること、そして伝えていくことの意義が、この場で共有できていたと感じます。

 

「記憶の継承」は、知ることから始まる。

そんな場を、これからも小さくとも続けていきたいと思いました。

松村明さん・大さん親子。松村さんは10月24日までこの写真集を世に広げていくためのクラウドファンディングに挑戦しています。2026年10月24日までのご支援で、写真集を入手することができます

大さんが本イベントの様子を動画にまとめてくれました!ぜひご覧ください

https://youtu.be/TABhgArZE9w?si=7okyQEqaLQEr31Me

 

Information

クラウドファンディング(10/24まで)

被爆者100人の異常な体験を経たお顔と証言から平和への願いを長崎から世界へ。

https://camp-fire.jp/projects/964756/view

このイベントの様子が朝日新聞に紹介されましたhttps://digital.asahi.com/articles/ASV802FDBV80UTIL007M.html

松村明さんの仕事を紹介するYouTube動画
https://youtu.be/Pg5rB1bvsBk?si=Zc-dFdaS7PIxpywX

 

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この記事を書いた人
北原まどか理事長/ローカルメディアデザイン事業部マネージャー/ライター
幼少期より取材や人をつなげるのが好きという根っからの編集者。ローカルニュース記者、環境ライターを経て2009年11月に森ノオトを創刊、3.11を機に持続可能なエネルギー社会をつくることに目覚め、エコで社会を変えるために2013年、NPO法人森ノオトを設立、理事長に。山形出身、2女の母。
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