口に入れると消えるスプーン miyazono spoon・宮薗なつみさんの工房を訪ねて
みなさん、「口に入れると消えるスプーン」と聞いて、いったいどんなスプーンを思い浮かべますか? この魔法のようなキャッチコピーに惹かれ、スプーン作家の宮薗なつみさんの工房におじゃまして、お話を聞いて来ました。

(text&photo:ながたに睦子)

 

スプーン作家である宮薗なつみさんの工房は、寺家ふるさと村にほど近い、町田市の住宅街の一角にあります。なつみさんはここで、一つひとつ手作業で木製のスプーンを作っています。

 

アトリエに一歩足を踏み入れると、作業台には作りかけのスプーンがたくさん! まずその数に圧倒されました。「何本かのスプーンを並行して作ることが多いので、作りかけのものがいっぱいあるんです」となつみさん。ヤマザクラ、ケヤキ、ナラ、クルミなど、さまざまな木材があり、木の香りに癒やされます。

 

なつみさんが手掛けるスプーンの数々。すべて漆で仕上げたものや、先端だけ漆を塗ったもの、形などさまざま。

 

「スプーンといっても、使う人によって、握り方や指を置く位置やなども全然違うんです。鉛筆みたいに握る人もいれば、つまむような人も」と、なつみさん。「普段はどんな風に持っていますか?」となつみさんに聞かれて自分の握り方を伝えると、「あ、それならこのタイプかな?」と一本のスプーンを差し出してくれました。それが、本当にしっくりと手に馴染んだことにびっくり!

 

その人の握る癖を見たり、用途を聞いて、それに合った厚みや大きさ、柄の曲がり具合いなどを決めて作っていくなつみさんのスプーンは、持つととても軽く、手と一体になっているかのような感覚です。それが、「口に入れると存在が消える」と言われる理由です。

 

取材に同行してくれたリポーターの湊光代さん。いつも家で使っているなつみさんのスプーンを見せてくれた。2年ほど使っているが、まるで新品のようにピカピカ。「使い込むごとに手に馴染んできました」と光代さん。miyazono spoonは、少しぐらい欠けたりしても修理してくれるそう

 

なつみさんが「ものづくり」と出会ったのは、大学受験を前に進路を迷っていた頃に、あるテレビ番組を見たことがきっかけです。伝統技術をもった職人が後継者がいないことを嘆く姿を見て、「それなら私が弟子入りしたい!」と切実に思ったそうです。

 

そこから「伝統工芸」や「ものづくり」に興味をもったなつみさんは、工芸を学べる大学に進学し、建築やグラフィックデザイン、木工、彫刻など、さまざまな分野を学びます。そして「自分で作ったものに囲まれて生活したい」という思いで、家具や器など、生活に密着するものを作ることを始めました。

 

「この細長いスプーン(写真中央)は何用かわかります?」となつみさん。答えはなんと、「モンブラン用のスプーン」とのこと。「モンブランの層を一度に食べたくて!」とニコニコ笑いながら教えてくれた

 

大学を卒業後、いったんは企業に勤めたなつみさんですが、ストレスから体調を崩してしまい、実家に帰って療養する生活を経験します。天井を見ながら過ごす毎日の中で、「まだ自分のやりたいことが何も出来ていない。元気になって東京に戻ったら、ものづくりをして生きていこう」と、決心します。

 

そんな時、大学時代の先輩からグループ展の誘いがあり、その時に手元で出来る作業で作れるものを……と思い、スプーンを作って出品します。そこからなつみさんはスプーン制作にのめり込んでいきました。

 

こちらのスプーンたちは、すべて作っている途中で失敗したもの。「ちょっと形がゆがんでしまったり、左右対称じゃなかったり、傷があったり、失敗作も山ほど出来上がります」となつみさん

 

その後色々な展示会にスプーンを出すようになったなつみさん。あるお客さんとの出会いで、それまでに思い描いていたスプーンの価値観が変わります。

 

「自分が持ちやすいと思ったスプーンを展示会に並べたときに、あるお客さんに『持ちにくい』と言われてしまったんです。その時に、スプーンの持ち方は人によって違うんだと気付き、その人その人に合った世界でたったひとつのスプーンを作りたいと思うようになりました。そこからオーダーメイドのスプーンづくりを始めたんです」(なつみさん)

 

それまでは、自分が使いやすいと思った「究極の一本」を何本も同じように生産出来るのが良い職人の姿だと思っていたなつみさんですが、このお客さんとの出会いで、miyazono spoonの目指す姿が決まっていったそうです。

 

「お客さんからの意見に気付かされることは多いです。先端にだけ漆を使う現在のスタイルも、『全部に漆を塗ってしまうと木の違いがわからなくてもったいない』と言われ、それならと、半分だけ漆を塗って、木目本来の美しさがわかるようにしたんです」となつみさんは教えてくれました。

 

スプーン作りを本格的に始めたなつみさんは、もう一度道具の使い方を学び直したいと思い、森ノオトでお馴染みのミナトファニチャーの湊哲一さんの木工教室に出会います。湊さんとの出会いも、なつみさんの作家人生に大きく影響したと言います。

 

「色々アドバイスをもらったり、背中を押してもらいながら、スプーン一本でやっていこうと決めました。湊さんに弟子入りしていなかったら、きっと続いていなかったと思います」となつみさん。木工教室に通いながら、展示会に出展したり、オーダーメイドの注文を受けながら、次第になつみさんのスプーンの評判は広がっていき、どんどんと注文が増えて忙しくなっていきました。そして30歳を前にした2014年、アルバイトをきっぱり辞め、miyazono spoon一本で生計を立てていこうと決心し、今に至るそうです。

 

この日なつみさんに、スプーンを実際に作る工程を見せてもらいたいとお願いすると、「良いですよ! おそらく1時間くらいあれば出来ると思います」という答えが帰ってきてびっくり! 贅沢にも、スプーンの出来る工程を最初から最後まで見せてもらうことが出来ました。その様子を、写真でお伝えします。

 

この日作り方を見せてもらったのはアイスクリームスプーン。こんなにも木の種類があることに驚く。左から、かえで、けやき、ほお、ぶな、山桜、くるみ、チェリーとのこと

 

まずは、型紙を木に写しとる。「ディナースプーン」「デザートスプーン」「スープ用」など、さまざまなスプーンの型紙がある

 

次に糸鋸で形に切っていく。細かい作業なので慎重に

 

スプーンの形に切り抜けたら、次に側面の形を写しとる

 

側面のカットが終わったところ。スプーンらしくなってきた!

 

なつみさんが普段使っている道具たち。ここから小刀と彫刻刀のみでスプーンを削りだす

 

 

「私は彫刻刀の削り方が独特みたいなんです」と話しながら、スプーンの口にあたる部分をするすると削っていくなつみさん。まるで粘土みたいなやわらかいものを削るように滑らかに手が動いていたが、実際はとっても難しそう!

 

次に小刀で全体を削っていく。なつみさんは削りながら、木の中からスプーンの形が見えてくるという。なつみさんの迷いのない作業をみながら、木から仏像を掘りだしていく仏師ってこんな感じかな? などと思っていた私

 

削りだす作業が終わったら、大きめのヤスリで形を整える

 

その後、紙やすりで磨いていく。紙やすりは180番→240番→320番→400番の4種類を使って磨き上げていくそう

 

「はい!出来ました!」木目の美しいアイスクリームスプーンが完成。ここまで、時間にして30分ほど。なつみさんの集中力と作業の丁寧さに目をみはった

 

「このあとオイルを塗って仕上げます」。なつみさんが取り出したのは製菓用のくるみ。ガーゼに包んだくるみを木槌で叩いて油を出し、それを塗って仕上げるそう

 

丁寧に磨かれ、どんどんとつやを増していくスプーン。ほんのりくるみの香りもして、美しい!

 

磨き上げられたスプーン。オイルで仕上げると、先ほどまでの素朴な感じに、更に気品が加わった。短時間で木片からこんなに美しいスプーンが出来てしまうことに、ただただ感動

 

なつみさんは現在、オーダーを一時ストップして、全国各地で展示会を開くことに力を入れているそうです。それは、少しでも多くのお客さんに、miyazono spoonの存在を知ってもらいたいから。展示会で直接お客さんに会うことで、出会いを大事にしているとのことです。

 

「ベビースプーンも作っていますが、お子さんが、今まですくえなかったものを私のスプーンですくえるようになったという話を聞いたり、食事の時間になると自分でスプーンを持ってくるなんて話を聞くと、嬉しくなりますね!」と、なつみさんは満面の笑みで話してくれました。

 

こちらはなつみさんが最初に作ったスプーンとのこと。「スプーンの作り方も知らず、見よう見まねで作ってみた最初のスプーンです。今では絶対こんな作り方はしませんが、自分の原点を思い出すために飾っています」とのなつみさんの言葉に感動

 

笑顔のとっても素敵ななつみさん。取材中もニコニコしながら色々なエピソードを話してくれる姿に、元気をたくさんもらった

 

なつみさんのスプーンに出会いたい方、ぜひホームページやfacebookをチェックして、展示会やワークショップに出かけてみてくださいね! 私も、いつかなつみさんに世界で一本のスプーンを作ってもらおうという夢が出来ました。

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