ウェブメディアのデザインで振り返る森ノオトの10年
2009年11月20日に横浜市青葉区で森ノオトが創刊してから、10年が経ちました。現在の森ノオトのウェブメディアは3代目です。これまでの10年の歴史を振り返りながら、ローカルメディアとして森ノオトがどんなふうに変化してきたのかを振り返ります。

ローカルメディア「森ノオト」が誕生したのは2009年11月のことです。その年の6月、当時青葉台にあった自然素材の住まいづくりをする工務店「ウィズの森」に対して、次のような企画書を書いて、創刊を支援してくださいとお願いしました。

・青葉台を中心とした田園都市エリア内に、ecologyに特化した情報発信のメディアをつくる。
・この地域に住む人たちに、地域循環型かつ持続可能な家づくり、暮らし、食、子育てに関するコラム(ソフト)をウェブサイト上で提供し、かつ、それを具体的に実現するためのハード(住まいや食べもの等)は情報発信者が直接提供できるような仕組みを構築する。
・「ウィズの森」という店舗が果たす役割を、ウェブサイト上で展開する。この地域に住む人に、ecologyに即した生き方を提案する場所を提供し、住まいから、食から、意識を変革して足下の暮らしを未来につなげていく。発信者たる企業の先進性、公益性を担保しつつも、事業に結びつくような情報発信のあり方を模索する。

 

オープンして半年くらい経ってからの森ノオトのデザイン。

 

「森ノオト」という名前は、「森の音?」「森ノート?」どちらですか、と聞かれ、森林保全活動をしている環境団体ですか? と聞かれることもあります。

名前の由来は簡単で、ウィズの森の「森」をつけて関連性を持たせること。ウィズの森は、静岡県の天竜地方の森から切り出した材料を使っており、店舗のなかには本当に天竜から持ってきた「森」があったのです。それから私が「森」という字が好きだったことも「森」を名前に入れた理由です。
森という漢字には木が3本あります。1本だと「木」。2本だと「林」。3本だと「森」になって、生態系を感じさせます。人間社会も、1人という「個人」と、2人という1対1の関係と、3人になると社会的な要素を帯びて「対話」が成立するという観点から、「木が3本ある森」という漢字に意味性を持たせました。

 

「森」を入れるという条件のなかで、私は長年記者職で、記録魔でもあることから、「森ノート」という言葉が真っ先に浮かびました。でも、それでは、ひねりがない。長年ピアノを習い吹奏楽部で音楽が好きだったこともあり「音」にもかけられるなあ、と思いました。創刊のデザインを手掛けてくださったデザイナーさん、プランナーさんと、タイトルを決める打ち合わせで、「森ノート、森の音……どっちも掛け合わせて“森ノオト”!」……そんな感じで、言葉遊びをするように、ウェブメディアの名前が決まっていきました。

ウェブメディアのデザインは「ノート」風にしてもらいました。コーナーの名前も、「森の伝言板」とか、「denen食べある記」「ほっとログ」など、記録やノートをイメージさせるものがいくつかありました。

寺家ふるさと村の環境が大好きで、「田園」という言葉はどこかに入れたいと思っていました。ウェブメディアのタグラインは、「denen eco loco media」です。エコロジーとローカルを前面に感じられ、かつコロコロとした小文字の書体が気に入っていました。これだけだと意味がわからない人もいるだろうなと思い、「青葉台発・地元のエコ発見メディア」とキャッチコピーを書き加えました。

2010年から2016年まで、森ノオトの編集会議やリポーター養成講座は、青葉台にあった「ウィズの森」でおこなっていた

 

2009年11月の創刊から半年くらいは、私が一人で取材をして、執筆者から記事を集めて編集し、月に20本と自分にノルマを課して記事を公開していました。これを一人でやると、さすがにネタが尽きてきて、記事をつくるのに飽きてくるようになりました。

「私が飽きてきているのに、読者が喜んでくれるはずがない」と思い始めていたころ、NPO法人農に学ぶ環境教育ネットワークの活動に参加していた女性から、どんぐり農園で声をかけられました。
「森ノオトをやっている人ですよね。私、森ノオトのファンなんです。私のやっている活動を紹介してほしくて」
それが運命の出会いでした。

情報発信をしてほしい、ということは、多分情報をつくることに興味がある人なのではないか。そういう人たちが読者から発信する側に回ったら、きっと等身大の、おもしろい記事ができるのではないか。

田んぼで出会った女性は、当時2歳と5歳のお嬢さんを連れた中島美穂さん。彼女との出会いが、今の「森ノオト編集部ライター」につながる「森ノリポーター」活動につながっていったのです。

 

2011年11月に、ウィズの森で初めて開催した「森ノフリマ」。ウェブメディアで記事を書く以外に初めて、当時のリポーターたちで活動をした記念すべき日だった。このフリマが、こども服リユースサロンや森ノオトのガレージセールにつながっていると感じる

森ノリポーターの活動がスタートしたのは、20107月のことです。20108月には、中島美穂さんが書いた「カッパーク鷺沼」の記事がリポーター執筆の第1号の記事として公開され、今でも夏になると検索で上位に来るほどの人気記事となりました。

2011311日には東日本大震災と東電福島原発事故があり、私たちの価値観は大きく揺さぶられました。私は森ノオトとは別に「あざみ野ぶんぶんプロジェクト」という市民団体を立ちあげ、原発のない社会をつくるための勉強会などを主催するようになりました。

森ノオトと脱原発の活動はわけて考えたい、と、自分の中で線を引いて活動を区別しようと努めたのですが、それまでウェブメディアをつくる編集者という立場から、市民団体の代表として取材を受けたり講演をするなど、自分の名前と顔を外に出すことが増えて、社会との立ち位置を模索し始めた時期でもありました。

 

201111月には、森ノオトの創刊2周年記念パーティーをウィズの森で開催しました。この日集まったのは、森ノオトの取材を通して出会った、地域の130人。「エコロジーをテーマに、ローカルでこれだけの人が集まるのか!」と、そこに参加した誰もが驚いていたように思います。一品持ち寄りのパーティーはとても豪華でおいしくて、森ノオトのつくり出したコミュニティの豊かさに、感激した1日でした。

その日を機に、「森ノオトはウィズの森から独立しても大丈夫だ」という機運が高まりました。1年かけてNPO法人設立の準備をし、201317日に、NPO法人森ノオトを設立しました

 

2013年に森ノオトがNPO法人になって、リニューアルした2代目ウェブメディア。高山えりかさんのポップでキュートなデザインで、森ノオトのファンが一気に拡大した時期でもあった

ウィズの森から独立したことで、ウェブメディアのデザインも一新しました。とはいえお金がないなかで、どうしたらいいのだろうと頭を抱えていると、あざみ野でウェブプランナーをしている人がいるよ、と紹介してもらったのが鈴村嘉右さんでした。鈴村さんは物腰柔らかでありながらも緻密な設計力と提案力をもった方で、さらに地域貢献意欲の強さから、現3丁目カフェオーナーの大野承さんが当時運営していた「まちなか相談室」のホームページの提案や、よこはまハロウィンを引き継いで地域活性化に取り組むなど、熱い一面を持っていました。森ノオトのリニューアルも「プロボノでやりますよ」と引き受けてくださったのです。

 

デザインは、森ノオトのリポーターでもある高山えりかさんにお願いしました。通称:ピリカちゃんのデザインはとてもおしゃれで楽しく、そしてデザインの精巧さは素晴らしく、常に想像を超える提案をしてくれて、このうえなく楽しい仕事ができました。


森ノオトのタグラインは「横浜あおば発・地元のエコ発見メディア」にしました。青葉台から青葉区へ、活動範囲が広がっていったことにつながっていると思います。

ライター一人ひとりの記事をしっかり世に出したい。彼女たち自身の魅力を伝えて地域で輝いてほしい。そんな思いから、ライターの顔写真とプロフィール、連載を持っている人にはコーナーとバナーをつくって、ライターの個性が全面に出るような構成を目指していました。

2代目ウェブメディアでは、フッターも力を入れたポイントの一つ。エリアごと、ライターごと、カテゴリごと、時系列ごと、と、フッターでサイトの構造が一覧でわかる、視認性の高さが売りだった

2013年、森ノオトがNPOになってからは、毎年「リポーター養成講座」を開催するようになりました。実はその前までは、リポーターに研修はおこなっておらず、出てきた記事に対して校正を入れて個別に対応する、というやり方で編集をしていたのです。リポーターも、地域活動で出会う人たちに個別に声をかけて誘う「ヘッドハンティング」方式をとっていました。

当時のリポーターから「一度体系的にライティング技術を学んでみたい」という声もあり、リポーター向けの内輪の勉強会を一般公開して、新たにリポーター活動をしてみたい人を募りました。自分から森ノオトの門を叩いてきた人たちは意欲にあふれ、魅力的で、彼女たちとの出会いから、私の世界観も広がっていったなあ、と感じています。

 

2015年1月には森ノオトの事務所を青葉区つつじが丘のワンルームマンションから、青葉区鴨志田町に移転しました。コマデリとのシェアオフィスにして、人が集える広さを確保した事務所「森ノオウチ」で、活動の幅がどんどん広がるようになりました。

 

2016年4月には、大型の助成金を獲得できて、森ノオト初の常勤スタッフを雇用できるようになりました。この年に梶田亜由美さんが入職し、ようやく「組織」として森ノオトの地盤が整うようになってきたのかな、と思います。

 

2016年10月、森ノオトの創刊を支え、長年パートナー企業として手を取り合ってきたウィズの森が倒産しました。その時のショックの大きさは今でも忘れることはできません。森ノオトが続くことで、創刊当初から掲げてきた理念を未来に伝えることができる、と心を新たにしました。「地域循環、自然共生型の社会を、足元のローカルからつくる」。創刊時からずっと言い続けてきた言葉です。

現在の森ノオトは2017年にリニューアル。スマートフォンやタブレッドなどに対応するレスポンシブルデザインを取り入れ、「タグ」で記事を抽出できる、シンプルかつ可変性のある構造にした

20174月のリニューアルは、梶田さんが主導して行いました。ウェブメディアの技術は日進月歩で、数年前には当たり前だったこともすぐに書き換えられ、創刊当初はパソコンから森ノオトを読む人が圧倒的に多かったのに、その時にはスマートフォン経由が6割以上、今に至っては8割に届きそうな勢いです。当時の森ノオトは、スマートフォンでもパソコンと同じ表示になってしまい、文字が小さくて拡大しないと読みづらい、という声が多々寄せられるようになりました。リニューアルは時代の流れで致し方ないものでもあり、また、2000近い記事のなかで、古い内容のものを削除したり、編集し直すなどの見直しも迫られていました。

 

梶田さんは出産前にウェブの制作会社に勤めていたことがあり、彼女の働いていた会社の方にリニューアルを手掛けていただくことにしました。「特集」を設けることで、過去の良質な記事に何度も光をあてることができる、そんな提案を形にすることができ、森ノオトの新しい切り口が生まれたように思います。

 

この時、メディアのタグラインは「地域で見つけるエコの種」にしました。すでに活動の範囲は青葉区にとどまらず、関内エリアなど横浜中心部で講座を行うようになっており、ライターも青葉区以外から集まるようになっていました。その後、さらに「未来をはぐくむ人のための生活マガジン」というキャッチコピーを付け加えるようになりました。

 

リニューアルに際して、残す記事、編集するべき記事を選別し、すべて手入力で記事を移植していった。数週間にわたる作業を終えてホッとして、打ち上げをしている写真

2016年以降は、森ノオトの編集会議を青葉台の集合住宅「エスポワール松風台」で開催するようになりました。オーナーの土志田祐子さんのご好意で、広々とした集会所を自由に使わせていただき、子連れのお母さんたちにとって安心して参加ができる環境でした。2017年に赤ちゃん連れで仕事を始めた宇都宮南海子さんの発案で、編集会議をワークショップ形式にするなど、とても楽しい時間をエスポワールで過ごしました。

 

2017年はアップサイクルの布小物ブランド「AppliQué」がスタートして工房を設置したものの、すぐに手狭になり、森ノオトの事務所裏の空き家を借りて、拠点を拡大することになりました。2018年の5月から6月にかけて、一般社団法人青葉台工務店の4社の協力で、森ノオトの新たな活動拠点「森ノハナレ」をみんなでDIYして、コミュニティ空間をつくりました。「森ノオウチ」と「森ノハナレ」は、リアルな場所でありながら、森ノオトの編集方針を体感できる、そんな空間になっていると思います。

 

2016年から2018年まで、森ノオトの編集会議の会場として、青葉台の集合住宅「エスポワール松風台」の集会場を使わせてもらっていた

AppliQuéも、森ノオトが目指す暮らしと社会を「布」を切り口に体現しているブランドと言えます。大量生産、大量消費の社会に対して、最後まで使い切ることの美しさ、繕う豊かな暮らしと時間を提案する、そんな「布」を通したメディアだと思います。

AppliQuéのブランドメッセージとコンセプトを、ウェブメディアという形でまとめあげたのも、梶田亜由美さんです。現在は、齋藤由美子さんが記事を更新したり、情報発信をしています。

AppliQuéのウェブサイトは、横浜を代表するクリエイティブカンパニー・NOGANに手掛けてもらった

森ノオトのウェブデザインから見る10年史。本当に多くの人たちの支えと応援があって、森ノオトは10年を迎えることができました。この場を借りて感謝を申し上げるとともに、次の10年を見据えて、新たな一歩を踏み出して行こうと思います。

2018年に自分たちで森ノオトの拠点「森ノハナレ」をDIYして以来、編集会議やライター養成講座の会場として、自前の拠点を使用できるようになった

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この記事を書いた人
北原まどか理事長/ローカルメディアデザイン事業部マネージャー/ライター
幼少期より取材や人をつなげるのが好きという根っからの編集者。ローカルニュース記者、環境ライターを経て2009年11月に森ノオトを創刊、3.11を機に持続可能なエネルギー社会をつくることに目覚め、エコで社会を変えるために2013年、NPO法人森ノオトを設立、理事長に。山形出身、2女の母。
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