第10回・コミュニティ単位のエネルギー革命

 

横浜市のみなとみらい21地区の住宅展示場「横浜ホームコレクション」でお披露目されたYSCP。中央が横浜市の林文子市長

 

今日は寒いから帰ったらすぐにお風呂に入りたい。携帯電話で遠隔操作して、電車の中から湯船にお湯を張っておく。家が見えてきたら携帯のボタンを押して玄関とリビングの照明を点灯させ、ついでにエアコンをONにして部屋を暖めておく……。

そんな夢のような未来が目前に迫っている。今年11月2日、横浜市のみなとみらい21地区の住宅展示場「横浜ホームコレクション」にオープンした「横浜スマートシティプロジェクト(YSCP)」のモデルホームでは、まさにこのような近未来型のライフスタイルを体験できる。

ここで展示されている住宅は、ただ便利なだけではない。太陽光発電設備や家庭用燃料電池などでエネルギーを自前でつくり、携帯電話などの電子デバイスを用いて家庭内のエネルギー使用量を「見える化」し、住まい手自らがリアルタイムにエネルギー管理と最適運用を行う、最先端の省エネ住宅でもある。

横浜市の林文子市長はお披露目の記者会見で「低炭素ライフが真に根づくには、市民に我慢を強いない快適なライフスタイルと両立させることが不可欠」との考えを示した。ここはまさに、便利・快適・省エネの3本柱がそろった低炭素時代のライフスタイルのありようを示しているのだ。

 

大和ハウス工業のHEMSのデモンストレーション。iPadの実機をさわりながら照明や空調のコントロールを体験することができる

 

横浜市が行うYSCPとは、CO2の大幅削減と再生可能エネルギーの飛躍的導入に向けた新しい都市づくりを目指すもので、経済産業省の「次世代エネルギー・社会システム実証地域」(2010年度から5カ年)として、愛知県豊田市、京都府けいはんな学研都市、福岡県の北九州市とともに選定されている。アクセンチュア、東京ガス、東京電力、東芝、日産自動車、パナソニック、明電舎等の大企業が持つ最先端の要素技術、すなわち太陽光発電設備や家庭用燃料電池、オール電化、電気自動車(EV)、蓄電池などをコミュニティ単位で連携させ、横浜市が実験フィールドを提供するという、自治体と企業の共同運営の形で事業を進めている。

 

このデモ展示場は、11月7日から14日まで横浜で開催されたAPECリーダーズウィークの会場に隣接していたこともあり、期間中には22カ国・地域から約600名のゲストが来場した。マレーシアの国際貿易産業省事務次官と駐日大使一行、駐日米国大使一行を始めとして、タイ、フィリピン、台湾など海外からの要人の視察も相次ぎ、日本の高効率設備機器やエネルギー制御技術に熱視線を送っていたという。

 

クラブハウス内の東芝のブースでは、コミュニティ内でCEMSがどのような役割を果たしていくのか、具体的に例示しながら説明

YSCPのフィールドになるのは横浜市内の3地区。タワー型マンション、超高層オフィスビルなどが建ち並ぶみなとみらい21地区では、業務用EVのカーシェアリングやEV巡回バス、業務ビルのエネルギー最適制御、工場からの蒸気や熱源水などの未利用エネルギーの有効活用、太陽光発電や太陽熱利用を情報網でつなぐといった、最先端の技術導入と連携を目指す。住宅団地、産業団地、海や公園緑地などが集積する横浜南部の臨海部「横浜グリーンバレー」エリアでは、八景島シーパラダイスなどの観光地での観光用EVのカーシェア、工場の適切な設備機器運用と更新、既存団地を低炭素型に再生するなどの取り組みを行う。

横浜市北部の港北ニュータウンでは、住宅地でショッピングセンターが多く立地することから配送用EVのカーシェア、集合住宅の低炭素リフォーム、低層住宅への太陽光発電の普及、低炭素技術を搭載した分譲住宅の供給などを行う。この11月から12月いっぱいまで、エリア内の戸建て住宅で新規に太陽光発電設備とHEMS(Home Energy Management System:家庭用エネルギー管理機器)を導入する場合、YSCP実証実験に参加するという条件付きで格安で購入できるインセンティブも設けた。

 

日産自動車は充放電機能を追加したEVをモデルホームにつなぎ、その機能を確かめる。EVは「動く蓄電池」として、太陽光発電等の再生可能エネルギーの蓄電設備として活用することができる

 

横浜市地球温暖化対策事業本部地球温暖化対策課の稲垣英明課長は「実験設備を更地から新設するのではなく、あえてハードルを高めて既設の市街地や商業地、産業地で実証実験を行うことで、今横浜に住んでいる市民を事業に巻き込んでいきたい」と構想を明かす。

横浜市では、事業スタートの2010年から2012年度までは実用化の一歩手前の技術を連携させて技術検証を行う「スモールスタート」の期間と位置づけている。2013・2014年度にはそれを飛躍させ、環境技術の普及に向けた新規ビジネスやサービスを試行的に導入して経済性を追求し、制度設計とともに社会システムとしての普及効果を検証する。YSCPでは2014年度までに実証エリア全体で約6万4000tのCO2を削減し、太陽光発電の規模を約27MWに増大、HEMSを4000世帯に普及、EVは約2000台導入するという目標を掲げている。

横浜市には、工場、オフィス、商業施設など各分野で大規模な事業者から中小企業まで幅広く存在し、約360万人の人口を抱える日本屈指のメガシティである。一方で海や里山などの自然も豊かで農地も点在している。このように多様性のある地域社会のなかで、いかにリアリティをもって低炭素ライフを切り拓いてゆくのか、すべての要素が揃う横浜だけに、その成果は注目に値する。

 

稲垣課長は「HEMSやBEMSを情報網でつなぎ、地域レベルでエネルギーを管理する大規模なCEMSの実証事業や、EVの充放電機能を実際に検証する取り組みは、日本でも初となる試みのはず」と話す。

 

 

建築物のエネルギー管理分野では、これまでBEMS(Building Energy Management System)が先行していた。オフィスビルや工場等の施設内で使われるエネルギー使用量を把握し、設備機器の最適な運転制御を行うことで、省エネルギーを実現していくものである。これにエネルギー効率の高い設備機器の導入や更新を組み合わせることで、大規模建築物では相当量のエネルギーとコストの削減を行ってきた。

BEMSの家庭版がHEMSで、BEMSより仕組みは簡便かつコンパクトではあるが、家庭で削減できるエネルギー量はたかが知れており、HEMS設備の導入コストのほうが複数年で削減できる光熱費よりはるかに割高なことなどから、これまでなかなか普及が進んでこなかった。

しかし、YSCPでのHEMSは目玉の技術。各社がその仕組みや技術を熱心にアピールしている。例えば大和ハウス工業のモデルホームでは、太陽光発電と蓄電池を組み合わせて極力自宅でエネルギーを賄う「ECOモード」、安価な夜間電力を蓄電してそれを昼に使い、太陽光発電による電力は売電して経済性を追求する「おさいふモード」のデモや、iPadで1階から2階の照明を点灯/消灯するなどの遠隔操作を体験、さらに室温と外部の気象状況を検知して自然風を室内に誘導するなどの装置を紹介している。HEMSを単体で導入するのではなく、最新鋭エコハウスの標準設備として搭載していくという構えだ。

 

住友林業のモデルハウスでは、東芝と技術提携をしながら開発中のHEMS機器を体感できる。電力会社から購入する電力、太陽光発電設備などで自家発電する電力、そしてそれらを蓄える蓄電池からの電力、すなわち家庭における電力系統の3本柱と、居室のエアコンや照明などの使用エネルギーの流れをグラフィックでわかりやすく表示する。

CEMS(Community Management System)との連携も大きなポイントだ。HEMSは個々の家庭内でエネルギー管理を行うツールだが、CEMSの場合は地域内で情報網をつなぎ、コミュニティ全体でいかにエネルギー量をコントロールしていくかというもの。晴れた日に太陽光発電設備でたくさん電力をつくって電気が余っている時は、家につないだEVのバッテリーに電気を蓄電するなどの選択ができる一方、地域で電力が不足している際は各家庭でエアコンの電気を切るよう促すなど、地域内でエネルギーに関する情報のやりとりを行う「デマンド・レスポンス」という機能がある。天候などによって出力の変動が予想される太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーを、蓄電池との適切な連携によって制御し、電力需要に対する信頼性を確保していく技術は今後、必要不可欠である。

横浜市では最終的に、3モデル地区で行うCEMSをつないだ大規模CEMSの実証までを行っていきたい考えだ。モデル3地区は、横浜市の南部から北まで広域にまたがる。これらをIT情報網でつなぎ、スマートシティマネジメントセンターで一元管理していくという。

 

CEMSによって我々の未来はどう変わるのか。ビルや工場の省エネにすでに大きな成果をもたらしてきたBEMS、家庭のエネルギー機器をITのシステムに組み込みTVなどの家電を操作するのと同じような感覚でエネルギー管理を行うことのできるHEMS。いずれも「スマートビルディング」「スマートハウス」と表現されるように、エネルギー使用を合理化した賢い「個」はすでに増殖途上の段階と言える。

携帯電話やインターネットの普及によって、わずか20年で私たちの生活やコミュニケーションは激変した。その時期と重なるように、地球温暖化問題が顕在化し、企業の経済活動のあり方と人々の環境意識にも大きな変化が訪れている。設備機器の高効率化はすでに頭打ちで、これからは「見える化」と「最適制御」による賢さを競う時代になってきた。

CEMSがもたらすのは、「個」に集積された知恵や技術、そして情報を地域コミュニティ単位で共有し、活用していくというプロセスそのものである。そこにIT技術が介在することで、個々人のエネルギー情報が公共のインフラの一部となる。エネルギーの最適制御に対する人びとの知恵と行動を呼び起こすCEMS。「スマートシティ」という新たな形でコミュニティの再生を担うことになるだろう。

 

 

 

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この記事を書いた人
北原まどか理事長/ローカルメディアデザイン事業部マネージャー/ライター
幼少期より取材や人をつなげるのが好きという根っからの編集者。ローカルニュース記者、環境ライターを経て2009年11月に森ノオトを創刊、3.11を機に持続可能なエネルギー社会をつくることに目覚め、エコで社会を変えるために2013年、NPO法人森ノオトを設立、理事長に。山形出身、2女の母。
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