〜祭囃子が聞こえる〜 驚神社の例大祭 (前編)
お囃子にのって勇壮な神輿が集い、獅子が優美に舞う、青葉区で最古で最大といわれる驚神社(おどろきじんじゃ)の例大祭。昨年初めて目にして、祭りに関わる人々の熱さと文化の厚みに感動した私は、今年、編集部メンバーを誘って祭りの横顔を取材してきました。(共同編集:宇都宮南海子・団桃子)

笛や太鼓に、鉦の音。祭囃子のあの独特の調べが流れてくると、なぜ、そわそわ、むずむずしてしまうのでしょうか。

 

新興住宅地で育ち、特に大きなお祭りとの縁のない私でも、なんだか気がそぞろになってしまうのは、生まれる前の、遥か昔を生きた人々から連なる命の記憶のせい?

 

驚神社の例大祭、前編では、お祭りの背景となる、古い時代のことに触れてみたいと思います。

 

取材にあたり、私たちがまず向かったのは山内図書館です。事前準備として、このお祭りの存在を教えてくれた、地域メディア『ひろたりあん通信』の宮澤高広さんを迎えてのフィールドワークを敢行しました。驚神社をめぐる一通りの流れを学び、地域の郷土史家、横溝潔さんの著書『山内のあゆみ』や、古地図に触れ、実際に驚神社まで歩いて昔の地形を想像するところから始めました。

 

東急田園都市線のたまプラーザとあざみ野駅のあたり一帯が、武蔵国都筑郡の「石川村」と呼ばれていた頃。村には、保木(ほうぎ)、平川、荏子田、船頭、牛込、中村、下谷 (しもやと)の7つの谷戸があり、それぞれに個性をもった小さな集落を作っていました

 

石川村には古代から人が住んでいました。石川村の隣の荏田村には荏田宿があり、牛馬や徒歩でたくさんの旅人たちが行き来していましたことが伺えます。石川村は、決して裕福な土地ではないけれど、田畑や山林があって、水があり、江戸にも近い。江戸時代には、徳川の菩提寺である増上寺の所領であることから、租税が少し免除されるなどの待遇を受けてもいたようです。

驚神社の例大祭では、保木の大太鼓、平川、荏子田、船頭、宮元(中村と下谷が合併して、宮元となった)の神輿、牛込の獅子舞が出揃って驚神社まで練り歩きます。

 

江戸から平成にかけて地名の変遷があった。現在、驚神社は「新石川町」にある

 

驚神社に通じる旧道には、のんびりした空気が流れていた。宮澤さんの話に聞き入る取材班

 

明治時代に神社合祀(じんじゃごうし)と言って、一つの村に一つの社だけにしなさいという、新しい政府から政策が全国でとられた際に、多くの神社仏閣が壊されたりしました。しかし石川村では、驚神社を地域の総鎮守とすることにして、谷戸ごとの谷戸宮は壊されずに残されました。それはとても珍しいことで、なぜそれを成し得たのかは、地域の郷土史家たちにもわからない謎なのだそうです。ともかくも、小さな谷戸宮が残されたことが、今につながる谷戸ごとの文化を醸す土壌となったと言えます。

 

毎年10月9日に行われていたお祭りは時代の変遷とともに、体育の日に実施することになり、今は体育の日が第一日曜日なので、年によって日が変わります。前日は宵宮で、それぞれの宮ごとのお祭りや宴会が開かれます。今年2018年は、10月6日が宵宮で、10月7日が本祭り。宮ごとの祭りを終えた後に、一年に一度、総鎮守の驚神社に改まって挨拶にいき、平和と繁栄を祈ります。

 

さて、本来ならば、驚神社の氏子である宮元の方々に先に話を聞くべきところですが、思うように取材の時間が取れなかったこともあり、昨年のお祭りで見て、その美しさに心惹かれた牛込の獅子舞を中心に、今年、祭りを体感した編集部メンバーの、梅原昭子と、宇都宮南海子、青木マキ、団桃子4人の視点を合わせてお祭りの現場レポートをお届けします。

 

牛込の獅子舞の練習風景を見学。この日は獅子役のうち二人が欠席したため、急遽、下の代の子どもたちが代役を勤めることに。先輩たちの指導のもと、笛に合わせて、見よう見まねで覚えている記憶を頼りに、一生懸命に舞を続ける姿に感動

 

牛込の獅子舞は江戸時代後期ごろから始まったとされ、形を変えながら、300年続いてきたこの地域の伝統芸能です。

 

この地域では昔、「悪疫が村に入るのを獅子舞が防ぐ」と信じられてきて、大正時代に数年休んだ際に悪疫がまん延したことから獅子舞を復活させたという話を、古くから住む方に聞くことができました。

 

この伝統芸能を守り継ごうと昭和47年に「牛込獅子保存会」が結成されました。牛込地区の区画整理も行われ、急激な都市化が進んでいた当時、獅子舞を残すことが旧住民の結束のシンボルともなっていたようです。平成13年には同じ青葉区内の「鉄の獅子舞」と同じく、神奈川県の無形民俗文化財に指定されました。

 

宵宮の日は朝から飾りを作る準備で忙しい。一年ぶりの組み立てに、大人の男性たちが、あーでもないこーでもないと言いながらワイワイ作っていく様子がなんとも楽しい

 

当初は獅子舞を継げるのは地区の長男のみとされてきたが、さすがに今はそれでは担い手を見つけるのが難しいため、牛込地区出身の男性、というくくりに広げているそう。小学生の時に舞ったOBが30代、40代になって再び舞うこともあります。毎年、2カ月ほど前から週2回の稽古を積んで、例大祭を迎えます。

 

こうした飾りのお花は、昔は地元で作る人がいたが、今は浅草橋の業者から購入している。お祭り後には、支援してくれた人たちに一軒一軒配って歩くのだそう

 

細かな紐を通したり、獅子の頭と衣装の準備も男の仕事。他にもわらじを編んだり、お榊の準備をしたり、昔の農家の手仕事の片鱗がうかがえるのが嬉しい。こうした裏の準備は女性たちがしているのかと思っていたので驚いた

 

宵宮当日は8時半頃から準備し始めて10時には解散し、午後の奉納まではしばしの休憩です。

私たちはこの日の午後、山内図書館で行われた郷土史家の横溝潔さんによる牛込の獅子舞についての講座で復習をしてから、あざみ野神明社へ向かいました。お宮へ着いた頃、ちょうど道の向こうから、鮮やかな花飾りが見え、法螺貝の音とともに行列が進んできました。古老を先頭に、後ろには弊負い(へいおい)、大万灯、ささら摺、小万灯、笛・唄い手、法螺貝、獅子、と続きます。

 

神明社への奉納が始まる。道行の様子

 

「ヨイヤノサ、コレハノサ、ドッコイサ」と、弊負いと大万灯の二人がかけ声をかけながら社殿へと進みます。たくさんの人が境内を囲み、緊張感のある中、祭祀奏上が行われました。

 

神明社への奉納舞。暖かな光の中、のんびりたゆたうような時間が流れる

 

舞が始まると、獅子3頭と弊負いが、一曲毎に向きや位置を移動させながら進行していきます。社殿の前に一列になった大万灯、小万灯、ささら摺役の子どもたちのまだあどけない立ち姿と、獅子と弊負いの勇ましさの対比に伝統の繋ぎ目を感じました。

 

「ヨイヤノサ コレハノサ」と社殿に向かう場面。先頭を行くのが吉村優太くん

 

中入れ(休憩)の際、弊負いを務める吉村優太くんに話を聞きました。現在大学3年生の優太くんは、小学1年生の頃から獅子舞の稽古をしてきたとあって、獅子の踊りをリードする弊負いの舞にも落ち着きと貫禄を感じました。

一旦、赤毛を外すと、アシンメトリーに切り揃えたおしゃれなヘアスタイルにスラッとした長身の今どきの若者です。おそらく優太くんとまちで出会っても、伝統芸能の担い手だとはまるで想像しないでしょう。

 

「小さい頃は、長いし早く終わらないかなぁって思っていました(笑)。今は毎年この時期になると、お父さんや親戚のおじさんたちと『あの年はだれがあの役やったよなぁ』って話をするのがおもしろいなって思うようになってきました」

 

そう気負いなく話す優太くんや、横で息子の衣装を付け直すお父さんの姿を見て、正直、驚きがありました。都市化された郊外地だとばかり思っていたこのエリアに、伝統芸能を脈々と受け継いでいる人たちがいること。獅子舞を継いでいくことは今をもってなお、古くからこの地に住む人たちの結束のシンボルになっているのだろうと思うのです。

 

牛込の獅子舞の、また各谷戸宮の佇まいの美しさの先にあったのは、かつての農村のおもかげでした。今は農業をやる人はほとんどいなくなってしまいましたが、生きる場所としての土が、売買の対象となる土地になり、高級住宅街へと、さま変わりしたこの地域も、あと10年もすれば、人口が減っていく時代に入ります。私は、もう一度新しい形での「農」が広まり、生産と消費が地域で回る率が高まるような、循環型、地産地消の暮らしの軸をつくっていけたら豊かだなと思っていて、そんなことについて、祭りを守る人々と話してみたいとも思うのです。

 

それは兎も角として、まずは、このお祭りのことを知らない人にもっと知ってほしい。来年はぜひ自分の目で見て、いろいろなことを感じてほしいと思っています。

 

後編を読む

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この記事を書いた人
梅原昭子ライター
引き算の編集が好きです。できないこと、やりたくないことが多過ぎて消去法で生きています。徒歩半径2キロ圏内くらいでほぼ満ち足りる暮らしへの憧れと、地球上の面白い所どこでもぶらりと行ける軽さとに憧れます。人間よりも植物や動物など異種から好かれる方が格上と思っている節があります。
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