おいしいだけではない! 内側から眺めてわかる「ベッカライ徳多朗」がもつ魅力
わたしがはじめて徳多朗を取材したのが約10年前。その間に店のスタッフとして働きはじめ、そこに身を置くことにより見えてきたこと、そして感じたことがあります。外から眺めていた時とはまた異なる“徳多朗の姿”をお伝えします。(photo: asako okawara )

地元のみならず日本全国からお客さんが訪れる、たまプラーザのパン屋「ベッカライ徳多朗」。焼きたてのパンを求めて、早朝からたくさんのお客さんで賑わいます。また、店の奥では深夜に仕込まれたパン生地が順次成形と発酵を終え、次々と手際よく焼き上がっていきます。窯から出たパンは、大きなかけ声と共に、まるでバトンを渡すかのように店頭へと運ばれていきます。

 

以前にわたしがお店を取材したのは2014年のこと。当時、下の子がまだ乳児であり、日々慌ただしく過ごしていたものの、森ノオトのライターとして真っ先に取材をしたいと思ったのが徳多朗でした。今と変わらずに忙しく動くスタッフの様子など、その時のことは今でも鮮明に覚えています。それから10年が経ち、スタッフの一員となることで見えてきたことを、店の節目となるこの時期に改めて取材を通して伝えたいと思ったのです。

 

徳多朗が誕生したのは、今から33年前のこと。当時について代表である徳永淳さんにお話を聞きました。

 

「『食パンにコンデンスミルクをつけたらおいしかったよ』というお客さんの声から生まれたミルククリームも、はじめはなかなか売れなかった。ただ、歯切れのよい生地には自信をもっていたので、口コミから徐々に広がり、今では大人気商品となりました。ありがたいことに現在は多くのお客様がいて、自分たちのパンを待っていてくださる。それ故に、簡単に変えられないこともあります。逆に開店当時は、お客様も少なかったのであらゆることを自由に変えることができた。その点はメリットにもなったのかな」

前日の夜からはじまる生地づくり。長い間、昼夜逆転の生活をしながらも、徳永さんは趣味の音楽を楽しみ、さらにやりたいことがまだまだあるという

 

会話をしながらも手は休むことなく動き続ける。ここからさまざまなアイデアが生まれ、形づくられていく。成形台は店の司令塔的存在

現在、徳永さんは夜に出勤し、主にパン生地の仕込みを担当しています。そして、成形やフィリングづくり、販売全般については妻の徳永久美子さん(以下、久美子さん)を中心にまわしています。調理師学校の卒業旅行ではじめてヨーロッパを訪れ、その土地にはその土地のパンや料理があり、「パンは日常」ということにカルチャーショックを受けたと、久美子さんは言います。こうした経験が記憶の根っこにあるため、徳多朗が生み出すパンはお客さんの“日常”を意識してつくり出されます。家でのリベイクの方法や料理との相性などを紹介するのもこうした考えから。

 

「何かをつくる先には必ず誰かを思い浮かべながら手を動かしています。その対象はお客様であったり、スタッフであったり、家族でもある。店の場合、パンを焼いて販売しそれで終わりではなく、日々の中でその人が食べる時にパンが一番おいしい状態で食べてほしいので、そのためにはどうしたらよいのかを常に考え想像しています」

 

パンの焼き上がりから店頭へ並ぶまでの間も、パンの状態に細心の注意が払われています。例えば、焼き上がったパンは天板にのせたままにせずパンの種類により、網や薄紙の上に移される。また、季節による湿度の変化に応じてビニール袋へ入れるタイミングにも同じように気をつかっている。すべてはパンの状態を考えてのことばかりです。

焼き上がったパンたち。美しく、整然と並べられ、お客さんの前へ出る番を待っている

また、どんなに店が忙しくても、手作りの賄い料理は熱々のものは熱々の状態で、冷たいものは直前まで冷やして出されます。それが手間であろうと誰であろうと、おいしいものを最善の状態でという気持ちの表れなのかもしれません。お店に限ったことではなく、家庭でごはんをつくるお母さんが家族に抱く心境と何ら変わりのない思いがここにあります。

 

 

パンからさらに先へ

徳多朗の一番の特徴は?と聞かれたら、それはまちがいなく、パンづくりにかける妥協を許さない情熱です。開店当初からあるあんパン、クリームパンにはじまり、ザクっとしっかりとしたパンの耳が特徴の角食パン、季節ごとに種類が変わるスコーンやデニッシュ類の数々、そのどれもがスタッフの食への探求心から生まれたパンばかり。「人気商品は?」とお客さんに聞かれると、全てのパンをお勧めしたくなるので困ることがあります。店に並ぶパンは、スタッフたちも実際に食べ、各自が自分なりの表現でお客さんにその良さを伝えたいと思っているため、パンの説明に熱が入り、話が長くなってしまうことも多々あります。

 

また、“おいしいパンをつくる”ことと同じくらいに、徳多朗が大切にしていることは、パンとそれにまつわる背景も伝えようとしていることだと感じています。プライスカードや店の掲示物にはパンの特徴や味、食べ方などさまざまな情報が書かれ、また新しいパンが出る前には、必ずスタッフ間での知識の共有がおこなわれます。例えば、スコーン一つとっても生まれた国やつくり始めたエピソード、小麦の種類、配合率、つくり方の特徴、食感、お勧めの食べ方などが事前に説明されるため、店頭ではお客さんへ直接その良さや情報を伝えたくなるのです。

開店当初からあるクリームパンや豆ぱん。イラストや文章による説明で、思わずじっくり読みたくなるプライスカード

仲間たちとのチームプレー

もう一つの大きな特徴は、お店全体がチームプレーで動いていることでしょう。徳多朗ではたくさんのスタッフが働いており、大きく分けると、製造、販売、サンド、掃除のチームに。働き方もさまざまであり、それぞれが自分の役割で仕事をしているが、常にお互いに声をかけ合いコミュニケーションをとりながら動いている。入店当初は、まるで体育会系のような(?!)この大きな声かけに戸惑ったものの、今ではこの大切さを肌で感じています。当たり前のことであっても声に出していくことには重要性があり、お店をスムーズに流していく秘訣なのだと思っています。そして、それが結果的に店全体に広がる活気へとつながっているのです。

成形台から焼き場、販売エリアを見渡せる。数多くのパンがこの場所から生み出される

 

店の奥で生地づくりを担当している“しんさん”。日々、同じことはない、調整をしながらパンと向き合えるこの仕事が好きだという

 

焼き場担当。分単位で次々とパンが焼き上がる中、窯の様子をみながら、製造と販売を結ぶ橋渡し的な存在でもある

 

素材の下ごしらえから、具をのせる順番、のせ方、調味料の配合など全てにおいて考え抜かれた美しくおいしいサンドイッチ。全神経を集中してつくられていく

 

店頭と製造の間を常に動きまわりながら、接客をしていく販売チーム。忙しいながらも仲間とあうんの呼吸で動けた時の達成感は大きい

久美子さんがこんなことを話してくれました。

 

「パンをつくる上で大事なことは、もちろん技術的なことも必要だけれど、やはり一番は一緒につくる仲間を好きになり、信頼することだと思います。信頼があってパスができる。ただ、この“信頼”はある程度その人自身について知らないと築けないもの。そのためにもみんなと一緒に“ごはんを食べる”ということを大切にしています。同じものを食べて、おいしい!と心から思えたり、短くても話をしたりすることは貴重な時間です」

 

仲間との店づくり、活気のある雰囲気は、こんなところからも生まれているのかもしれません。

この日の集合写真。その他、総勢30人ほどの大所帯の“チーム徳多朗”

“徳多朗”という店の形は、何からつくられているのだろう?スタッフとして働くにつれて、いつしかそんな疑問を抱くようになりました。パンのおいしさだけではない何かを感じとってはいましたが、改めて取材を通して分かったことがあります。

 

店で働くスタッフは、“徳多朗のパンが好き”という共通点をもちながら、それぞれの立場や環境の違いから働き方のスタイルもさまざまです。その中で、みな共通して話していたことがあります。それは、毎日パンを焼きながらも同じ日は一日もなく、常に素材や人と向き合うことが必要とされること。そのため、そこに思考と工夫が生まれ、大変でありながらもやりがいをもって働いているということでした。これは単にパンを焼くことに限ったことではなく、店づくり全般に関わっているのではないでしょうか。今、ここにいる仲間と試行錯誤をしながら、おいしいパンを焼くことをめざして、「変わらない(味)をつくるために、変えていく」姿がはっきりと浮かびあがりました。

 

長い歴史を経て、この春から徳多朗は新たな体制を整え、歩みはじめます。徳多朗のパンを楽しみに店へ通う人がいる限り、技術とともにこうした徳多朗の思いも受け継がれ、これまでと変わらずここに在り続けるのだろうと思います。

Information

ベッカライ徳多朗

横浜市青葉区元石川町6300-7

045-902-8511(電話受付時間12〜17時)

営業時間 8:00~15:00 定休日 火・水・木

https://www.instagram.com/toktaro1114/

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この記事を書いた人
清水朋子ライター卒業生
食べること、つくること、ワインとチーズ、焼酎を愛する食いしん坊。雑木林のような豊かな庭、愛するアンティークに囲まれた自宅の一角で、集会所+ときどき、喫茶として「Glänta(グレンタ)」を主宰している。小さな家の隅々まで愛おしみ使い尽くす、センスのよい暮らしぶりが注目を集める。
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