明日の世界遺産になるようなまちをつくりたい。都市森林株式会社・湧口善之さん
街の木でまちをつくる——。そんな社会を当たり前にすべく活動している人がいます。庭木や公園の木、街路樹など、眺めるだけだった街の木を木材として活かして、街の人とともにまちづくりをする「都市林業」の提唱者、湧口善之(ゆぐち よしゆき)さんにお話を伺いました。

インタビューを行ったのは、東急田園都市線・南町田グランペリーパーク駅から徒歩5分の「まちライブラリー@南町田グランベリーパーク」です。

 

ここは、2017年から2019年にかけて、湧口さんが多くの仲間や参加者とともにつくりあげた場所の一つ。駅周辺の再開発「南町田拠点創出まちづくりプロジェクト」の一環として、大型商業施設「グランベリーパーク」が2019年10月にオープンするのに合わせて完成した民営の図書館です。

まちライブラリーは、ショッピングモールを通り抜けた鶴間公園との境に立つ建物の一階にあります。お隣はスヌーピーカフェ

まちライブラリーとは、いつでも誰でもどこでも始めることができる、「本」を通じて「人」と出会う図書館のことで、個人や団体が、自宅や店舗、病院、学校などの一角に本棚を設置して本の貸し借りなどを行う場として全国に広がっています。南町田のまちライブラリーにある「本」は全て寄贈されたもの。さらに、ここは、「本」だけではなく、「木」を通じた出会いや物語も紡がれる特別な場所なのです。

入り口にはおよそ50樹種、1000ピースもの表情豊かな木のレンガが貼られている。制作には多くの市民が参加して、グランベリーパーク全体の「まちびらき」の日に完成したそう

街の木の多くは、伐採されたあとゴミ同然、ほとんど価値のないものとして扱われてきました。例えば、横浜市では伐採木をリサイクルした、はまっこユーキがありますが、「木材」として見ている人はまだまだ少なく、木材市場や流通網にものらないのが現状です。

 

しかし、湧口さんは、そんな街の木々を「都市森林」と呼び、生活の中でさまざまに利用する「都市林業」で、まちづくりを人まかせにせず、かつ、事業として自立できる、循環するまちづくりの仕組みを開拓してきました。

 

まちライブラリーができるまでには、鶴間公園で伐採される大木を現場で住民参加で製材する「製材ワークショップ」、公園の土が工事で掘り返される直前に実生で生えていた木の赤ちゃんを救出して育てる「苗木づくり大作戦」、その2年後に育った苗を持ち寄って植える「植樹祭」が行われて、総勢400人もの、まちの人が参加したといいます。森ノオトの読者の中にも関わったよ!という方がきっとたくさんいるのではないでしょうか。

図書館の中のテーブルや椅子、ベンチや本棚は、再開発のために伐採された木と、湧口さんがこれまでに集めた50樹種にも及ぶ街の木が使われている(写真提供:都市森林株式会社)

「木を伐ることは悪いこととか、悲しいことと捉えられがちですが、そうではない。伐採されることをきっかけに、まちがつくられ、人とつながることができるのです」

 

南町田のまちライブラリーには、私も2度ほど訪れましたが、まちの中に立つ歌碑とか、寺社の由来が書かれた看板的というのか、人々が力を合わせてつくった時間や記憶が圧縮されて、何かのきっかけで、ふっとそのワンシーンが解凍されるような象徴的な場所だなと感じました。

 

木がふんだんに使われた空間はとても居心地が良く、図書館としては珍しく私語が禁止されていないのもうれしいところです。一人で静かに本を読むだけでなく、絵本を借りにきた親子と言葉を交わしたり、仲間と勉強する学生や友達と何やら話し込む人の姿にほっこりしたり、アットホームでくつろいだ時を過ごすことができました。

桜のテーブルは特等席。公園にあった木の形がそのまま生かされている(写真提供:都市森林株式会社)

「元々は、公園の使い方をこれからどうするかを住民参加型で考える『鶴間公園のがっこう』の講師として関わったのがきっかけでした」とふりかえる湧口さん。

 

「公的な場所でのここまで大規模な実践は南町田が初めてでした。街の木(都市森林)の循環を理想的な形で実現することができました。街の木を使うことも、参加型で施設をつくることにも、行政としては前例がなく、リスクも伴いますが、一緒に挑戦してくれた町田市の職員や、グランベリーパークの方々、陰に日向にサポートしてくれた方々のおかげです」

鶴間公園で一番大きなクスノキの木を製材するワークショップの様子(写真提供:都市森林株式会社)

しかし、オープン後まもなく、感染症対策のために、市民と一緒に行うイベント等を継続することが難しくなり、これまで積み上げてきた良い流れが、少し途切れてしまいました。

 

世田谷区の小学校と児童館の建て替えと統合でできた「さくら花見堂」では、地域の人たちが実行委員をつくって、自分たちでつくった木工品類をメンテナンスするワークショップが続けられているそうです。呼びかけると100人近くの方が集まり、おかげで作業がすぐに終わってしまい、打ち上げ飲み会用のおつまみケータリングがまだ来ていない!なんてことが起こるそうです。

 

「テーブルや椅子についた傷や書き跡、欠けなども、手をかけると愛着が増します。木のレンガづくりなんかも一度やり方を覚えれば市民の方が教えることができるんです。都市林業は僕だけのものではありませんから、やりたいと思ったら、小さなこと、できるところから、どんどん実践していってほしいと思っていますし、必要な情報は公開しています」

左側の広い窓の外、公園につながる斜面に日よけも兼ねて「木を植えたいですね」

湧口さんが「都市林業」に取り組み始めたのは、現代の建築物の多くが、その地域ならではの歴史や文化、環境とのつながり、そして、自分とのつながりが絶たれていることに、疑問を抱いたからでした。

 

建築家として設計事務所に勤めていた湧口さんは、「建築家の仕事とは?」「いい建築ってなんだろう?」と、各地を訪れ、独自に調査研究を始めてレポートにまとめるという作業を続けていました。そして行き着いた答えが、素材と素材への向き合い方でした。

 

「木や石、土や草、鉄など、そこにあるものをいかに使うかを考え、自然の摂理に抗わずに作られた建物や街並みの美しさには、本当に無駄がありません。もう一度、いつ、誰が、どんな思いで、どうやってつくったのかがわかるような、まちづくりができないだろうか?明日の世界遺産となるようなまちを自分たちの手でつくりませんか?」

 

湧口さんは都市林業の実践を通して社会に問いかけています。

 

現在、湧口さんは「都市林業」を街に実装したいという方の伴走支援のため、全国を飛び回っています。町田のプロジェクトの次には、世田谷区役所の建て替えにも関わり、新しい庁舎の中には、あちこちに世田谷の木で作られた椅子やベンチ、テーブルが置かれていました。

世田谷区役所一階の道路沿いのスペースには、地域住民が工事現場から救出した木を寄せ植えにした植栽も

湧口さんは生まれも育ちも、現在のお住まいも世田谷区です。都市林業の最初の実践も世田谷区で、故郷の区役所でも、その成果を残せるなんて、誇らしいことではないですか!

 

東京郊外に「総街の木造り」の建物がもうすぐ完成予定だったり、青葉区の桜台でもプロジェクトが始まっているとのことで、とても楽しみですね。

身近な自然の恵みを活用して価値を生み出せる人や、自分でワークショップを開いたり作品を販売して、その喜びをさらに人に伝える都市林業の新たな担い手のために、直近では2025年11月2日、3日に木のカトラリーづくり集中講座が予定されています(写真:都市森林株式会社)

2025年3月には書籍『都市林業で街づくり 公園・街路樹・学校林を活かす、循環させる(築地書館)』も発行されました。YouTubeチャンネルにも100本以上の動画があげられています。私は数年前から造園業に関わりはじめて、まちの木や草を有効に使いたいと思っているので、この秋冬に改めて集中して見てみようと思っています。

書籍は、まちライブラリーを含め、これまでの取り組み事例を具体的かつ詳細に知りたい人におすすめ!左の冊子「街の木でつくる森の図書館」は、まちライブラリー完成までの軌跡をまとめたもの。ライブラリーで、ぜひ手に取ってみて

インタビューを終えて、まちライブラリーのスタッフさんを交えて談笑していた時に

 

「本を借りに来たのではなく、ここの椅子やテーブルを見たかったと、わざわざお子さんを連れていらした方がいたんです」

 

という素敵なエピソードをお聞きしました。それを聞いて、ポーカーフェイスな湧口さんも思わず顔を綻ばせていました。

 

目にみえる形でイベントが行われていなくても、「街の木」をめぐる物語は続いている——。

 

私自身も都市林業の手法で作られていなかったら、ここを訪ねることはなかったし、ワークショップに参加した人々には、木の重さや手触り、ノコギリやカンナを使う時の緊張感、共同作業の楽しさなど、五感を通じたさまざまな記憶が刻まれていて、この先、思わぬところでつながっていくはずです。

 

街の木でつくられた場所が、この先一つ、二つと増えていき、明日の世界遺産になっていく未来を想像してワクワクしました。

Information

都市森林株式会社

https://www.toshiringyou.com/

 

まちライブラリー@南町田グランベリーパーク

住所:東京都町田市鶴間3-1-4グランベリーパーク パークライフ棟

開館日・時間:平日 11:00~19:00 / 土日祝 11:00~18:00

休館日:火曜日、年末年始、南町田グランベリーパーク パークライフ棟の休館日に準じる

H P:https://machi-library.org/where/detail/5372/

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この記事を書いた人
梅原昭子スタッフ/ライター
引き算の編集が好きです。できないこと、やりたくないことが多過ぎて消去法で生きています。徒歩半径2キロ圏内くらいでほぼ満ち足りる暮らしへの憧れと、地球上の面白い所どこでもぶらりと行ける軽さとに憧れます。人間よりも植物や動物など異種から好かれる方が格上と思っている節があります。
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