【レポートvol.2】20年ぶりのメディフェス横浜開催で見えた市民メディアの現在地
2026年1月に開かれた「メディフェス横浜2026」で、私、船本由佳は実行委員長を務めました。開催地だけが決まっている、ほぼゼロからのスタート。運営主体も、会議の形も、テーマも、一つずつつくっていく必要がありました。振り返ると、その過程そのものが、今の市民メディアとは何かを考える時間だったように思います。森ノオトとメディフェスの出会いから、開催までの裏側、そして最終日に発表した「市民メディア宣言」についてまとめます。

当日のイベントレポートはvol.1をご覧ください。

 

私がメディフェスと関わるきっかけになったのは、2019年に東京・足立区で開かれた「あだちメディフェス」でした。森ノオトとしてブース出展し、当時開発中だったメディアリテラシーを学ぶカード「ローカルメディアコンパス」について、市民メディアの皆さんから意見をもらおうと参加しました。ステージでは模擬ワークショップも行いました。

 

そのときブースを訪れてくださった一人が、元TBSアナウンサーで、メディアリテラシー研究に取り組む下村健一さんでした。まだ試作品だったカードを見ていただき、前向きな言葉をかけてもらったことをよく覚えています。その後、私は下村さんの講座にも参加し、メディアリテラシーを家庭や地域の中で広げていく立ち位置の大切さを実感しました。この出会いは、その後の森ノオトの活動の軸にもつながっていきました。

2019年、東京足立区で開かれた「あだちメディフェス」にブース出店。完成目前の「ローカルメディアコンパス」の試作品をみてもらい、全国から来場するメディア関係者にアドバイスをいただいた

メディフェスの第19回大会が2024年に大阪・立命館大学茨木キャンパスで開かれたときの下村さんのSNS投稿を通じて、次回のメディフェスの開催地が横浜になると知りました。「横浜で開かれるなら、ぜひ関わりたい」。そんな思いで下村さんに連絡し、実行委員会の前段階となる準備会のオンライン会合に参加することにしました。

 

 

会場だけが決まっていた、ゼロからのスタート

20回目のメディフェスは横浜で開く。決まっていたのは、その一点でした。運営主体も、会議の形も、会場の詳細も、テーマも、まだ定まっていませんでした。横浜側の担い手が十分にそろっている状態でもなく、準備会の段階で、私は実行委員長として関わることになりました。

オンラインで3回の説明会を開いたあと、2025年7月に開いたキックオフミーティング。まだこの時点では会場も日付もテーマも決まっていない。写真一番左が東北大学名誉教授で市民メディア交流協議会世話人の関本英太郎さん

今回のメディフェス横浜は、完全にボランタリーな手づくりの会として運営しました。月に1回の情報共有会を開き、それを初めて参加する人向けの説明会も兼ねる場にしました。イベントの全体像を共有しながら、関わりたい人が途中からでも参加しやすい形を意識しました。

 

プログラムは原則として手上げ式とし、開催したい講座やワークショップを募り、実行委員会側で会場や時間を調整したうえで、提案者自身が運営する方式をとりました。すべてを中央で決めるのではなく、各地・各人の主体性を持ち寄ってつくる形にしたかったからです。

 

 

横浜ならではの蓄積に支えられた 

横浜では、20年前に「メディアサミット」の名前で第4回のメディフェスが開かれた歴史があります。そのことを知る市民メディアの先達が今も活動しており、運営の相談に乗ってくれたり、コンテンツの提案を寄せてくれたりしました。20年の時間を経てなお、横浜に発信の土壌が残っていたことは、今回の開催の大きな支えになりました。

象の鼻テラスではメディフェス20回の歴史を伝えるポスター展示も行った。2026年1月24日は2004年1月24日に第一回名古屋大会が開かれてからちょうど22年!紀あささんのオルガン演奏でハッピーバースデーを歌った

一方で、全員で何もかも決めようとすると、議論はできても前に進みにくくなります。そこで2025年7月の段階で「推進メンバー」を定め、それぞれが担当領域を持って進める体制をとりました。多様な立場の人が関わるからこそ、開かれた会議と、前に進めるための役割分担の両方が必要でした。

 

推進メンバーは、横浜市都筑区とみなとみらいエリアで子どもたちによる情報発信「ジュニア編集局」を運営する認定NPO法人ミニシティ・プラスから岩室晶子さん、東海大学広報メディア学科教授の水島久光さん、新聞を使ってバッグを作る「しまんと新聞ばっぐ」上級インストラクター高村典子さん、NPO法人横浜コミュニティデザイン・ラボが運営するヨコハマ経済新聞の編集長杉浦裕樹さんと副編集長の紀あささん、同ラボ共同代表の森由香さんと私の7人で、それぞれ担当分野を受け持ち判断しながら推進していきました。

実行委員会メンバーであり、船本が実行委員長をつとめるきっかけを作った下村健一さんと著書。1日目の夜の「集まれ市民メディア!ショートプレゼン大会」に登壇したオリジナルの横浜18区キャラクターを活用した地域魅力発見プロジェクトYocco18のメンバーと一緒に

今、市民メディアとは何か

運営を進めるなかで、私自身が何度も考えたのは、「今、市民メディアとは何か」ということでした。

 

20年前は、情報を発信したいと強く願う人たちが集まり、「市民メディア」という言葉にもはっきりした熱量がありました。けれども今は、スマートフォン一つで、誰もが発信者にも受信者にもなれる時代です。事故や災害のときには助けを求めたり、必要な情報を届けたりすることができますし、日々の出来事を共有したり、SNS上で誰かと楽しさを分かち合ったりもできます。

 

発信すること自体は、特別な行為ではなくなりました。だからこそ、「市民メディア」を媒体の種類だけで区切ることは難しくなっています。

 

私は、主体性を持って発信に関わり、自らの行動で「もっと社会を良くしたい」と考える人による実践を、「市民によるメディア活動」と捉えています。SNSか、ラジオか、紙か、Webかという形式の違いよりも、誰が、何のために、どんな姿勢で伝えるのか。その軸のほうが大事だと感じています。

ニュースパークでのポスター展示では、全国各地から13枚のポスターが貼り出され、そのうち3つの活動のポスターセッションが行われた。発表したのは震災が⽣み出した放送局を⽬指さない放送局FMYY(エフエムわぃわぃ・神戸) 、東海⼤学⽂化社会学部広報メディア学科メディアプロジェクト「ラジオ班こちらラジオ番組制作部」、こどもみらい研究所による「⽯巻⽇⽇こども新聞とこどもみらい通信社のあゆみ」(宮城県石巻市)

 

ニュースパークでは、ローカルメディアコンパスのワークショップの前に読書会『多様性—メディアが変えたもの メディアを変えたもの』が開催。本の編集および企画展を立案したニュースパーク元館長の尾高泉さんからメッセージをいただいた

開催を通じて見えたこと

今回のメディフェス横浜では、「子どもと若者とメディア」「メディアリテラシー」「災害時の地域情報発信」などをテーマに、多様なプログラムが開かれました。そこに共通していたのは、発信の技術そのものよりも、地域に根ざして情報とどう向き合うか、という問いだったように思います。

メインセッション4「震災とコミュニティメディア」では「なにゆえコミュニティFM、臨時災害FMなのか」をテーマに討論。能登半島地震の被災地、輪島市町野地区で2025年にスタートした臨時災害放送局「まちのラジオ」からの飛び入り参加も

2日間を通して、全国から約200人が集まり、オンライン視聴もあり、交流会にも多くの人が参加しました。プログラムの価値は、登壇者や運営だけで生まれるものではありません。参加者が経験を持ち寄り、問いを返し合い、現場の課題を言葉にしてくれたことで、議論に厚みが生まれました。

 

その積み重ねをもとに、最終日には「市民メディア宣言」を発表しました。これは、2026年の時点で、今回のメディフェス横浜で特に濃く議論されたテーマを反映したものであり、「市民メディア」のすべてを言い尽くす完成版ではありません。途中経過の産物であり、これからも更新されていくべきものだと思っています。

 

ただ、それでもこの宣言を言葉にしたのは、今の時代に、市民が発信することの意味を共有したかったからです。共感できる部分を、それぞれの場所で受け取り、自分自身の実践に引き寄せて考えてもらえたらと願っています。

2日目のメイン会場は日本丸メモリアルパーク訓練センター(横浜市西区)。横浜をはじめ全国のメディアに関わるさまざまな関係者が集い、それぞれが経験を持ち寄って今を切り取る議論の場がうまれた。市民メディア宣言はみなでつくりあげたものだが、現在進行形である意味を込めて委員長名で発表することになった

 

市民メディア宣言

誰もが発信できる時代 わたしが考える市民メディア

〜発信する市民が増えると地域が豊かになる〜

 

2004年から始まったメディフェス(市民メディア全国交流集会)は、2026年、横浜で20回目を迎えました。

 

この集いは、発信に関心のある市民、地域団体、ローカルメディア、行政や教育の現場など、立場の違う人たちとともにつくり、学び合い、次につなげていくものです。

 

いま、スマホ一つで誰もが発信者になれます。

事故や災害のときに助けを求め、必要な情報を届ける。

日々の小さな出来事を共有し、誰かとつながる。

発信は「特別な人だけのもの」ではなく、生活の中にある当たり前の行為になりました。

 

一方で、情報は多く、速く、強く届く時代です。

 

だからこそ私たちは、市民が主体となって、地域の現実に根ざした情報を扱い、互いの暮らしを支えることを「市民メディア」と呼び、改めて問い直します。

 

市民メディアとは、媒体の種類(SNS、ラジオ、紙媒体、映像、Webなど)だけで決まるものではありません。

「誰が」「何のために」「どんな姿勢で」情報と向き合い、伝えるのか。

そこに軸があると、私たちは考えます。

 

1.日常の声を、ていねいに記録し、伝える

身近な喜びや違和感を、記録し、共有し、必要な人に届く形を探します。

ニュースにならない日々の出来事、地域の小さな物語も大切にします。

ローカルであるからこそ、定点的に見つめ続けることができます。

 

2.正確さと誠実さを大切に、分断ではなく対話をつくる

伝えることは、理解を深め合うためにあります。

だから、「誠実である」ための努力をします。

まちがわない。傷つけない。嘘をつかない。大げさに書かない。

不確かな情報は不確かだと示し、根拠を確認し、訂正が必要なら訂正します。

違いを前提に、対話のきっかけをつくり、つながりを生み出します。

 

3.災害時に、地域の命と暮らしを支える情報を届けあう

災害が起きたとき、必要とされるのは、その地域にいる人同士がつながること、そして具体的で信頼できる情報です。

避難場所、給水、交通、支援、安否。

市民メディアは、行政や大手メディアだけでは補いきれない、地域に近い視点からの情報をつなぎ、共有し、支え合う役割を担います。

平時から顔の見える関係をつくり、記録し、伝える。

その積み重ねが、非常時に生きることを、私たちは経験から学んできました。

 

4.子ども・若者の「伝える力」を育み、市民の学びをひらく

情報の受発信は、もはや大人だけのものではありません。

子どもや若者もまた、日常的に情報にふれ、発信し、社会と関わっています。

 

子どもが記者となり、自分の言葉で伝えること。

若者が、身近な疑問や違和感を問いとして外に出すこと。

 

それらは学びであり、社会参加であり、未来をつくる主体が生まれるきっかけでもあります。私たちは、子ども・若者の発信を、大人と同じように対等に捉え、社会を映す大切な視点として受け止め、支えます。

 

そして大人も、メディアリテラシー、災害時の情報の取り扱い、ラジオの可能性、障がいや国籍などさまざまな状況の人への多様な届け方など、学ぶことを続けます。

 

発信する市民が増えれば地域が豊かになることを信じ、私たちは学び合い、ノウハウや課題を共有し、新たな仲間を歓迎します。

 

私たちはこれらを大切にし、これからの市民メディアとして発信していくことを、ここに宣言します。

 

2026年1月25日

第20回市民メディア全国交流集会よこはま2026実行委員会

委員長 船本由佳

Avatar photo
この記事を書いた人
船本由佳スタッフ/ライター
大阪出身の元TVアナウンサー。横浜市中区のコミュニティスペース「ライフデザインラボ」所長。2011年、同い年の夫と「私」をひらくをテーマに公開結婚式「OPEN WEDDING!!」で結婚後、自宅併設の空き地をひらく「みんなの空き地プロジェクト」開始。司会者・ワークショップデザイナー。
未来をはぐくむ人の
生活マガジン
「森ノオト」

月額500円の寄付で、
あなたのローカルライフが豊かになる

森のなかま募集中!

寄付についてもっと知る

カテゴリー

森ノオトのつくり方

森ノオトは寄付で運営する
メディアを目指しています。
発信を続けていくために、
応援よろしくお願いします。

もっと詳しく