
雨後の竹の子|里山での竹林整備とメンマづくり
2025年5月初旬、戸塚区名瀬町にある里山を訪れました。一般社団法人里山が運営する古民家フレンチレストラン「久右衛門邸」の背後に広がる広大な里山に、竹林管理を行う名瀬谷戸の会の会員、そして一般社団法人横浜竹林研究所の代表理事の小林隆志さん、理事の山本ルリさんら約20名が集いました。
横浜市有地の名瀬北特別緑地保全地区と私有地「名瀬の里山」を合わせた約6.5haの里山では、横浜市との保全管理計画のもとで適正な密度の竹林整備を行うことで、生態系を保護し、多くの動植物を観察することができます。約150人の会員が月に4回の整備活動をしています。
名瀬谷戸の会の當麻英夫さんが切るべき竹を指示し、小林さん、山本さんが竹林の中に分け入っていきます。人の背よりも高いくらいの幼竹(ようちく)をノコギリで切り倒し、その幼竹を他のメンバーが運んでいきます。
「成竹になる前の幼竹がメンマの材料になります。成竹は管理が大変だけど、幼竹はやわらかいから切りやすく、竹林整備とメンマづくりを掛け合わせれば、放置竹林の課題解決にもつながります」と、山本さん。
「雨後の竹の子」という言葉にあるように、竹は一晩で数十センチはのび、地下茎でどんどん広がっていきます。4カ月で8メートルほどになり成長が早いため、かつて竹は建築資材や工芸品、竹炭など多様に活用されてきました。時代の流れで竹材はプラスチックにとって代わられ、その結果、竹林が価値を持たなくなり、整備が追いつない放置竹林による竹害が社会問題化しています。
そこでハマチクラボでは「幼竹がメンマの材料になる」ことに着目。2023年の春から竹林整備に参画、同年12月には一般社団法人を設立し、「ハマのクラフトメンマづくり」に取り組んできました。

急峻な斜面での間伐作業は熟練者の指導のもと安全を徹底して行う。「立派な竹は親竹として残すなど、選別には目を配ります」と、森林インストラクターの當麻英夫さん(左)

名瀬谷戸の会は2016年にスタートした任意団体で、横浜市有地の名瀬北特別緑地保全地区と私有地を合わせた約6.5haの里山は、名瀬谷戸の会が横浜市と地主さんから委託を受けて、保全管理をしている。代表の田中真次さんは「近隣の小学校や市民団体の環境教育のフィールドになっている。多くの動植物の観察ができるのも魅力」と言う
切り出した幼竹は、皮を剥き、固い節を避けて、茹でやすいようにカットしていきます。
ここで活躍するのが一般社団法人里山の利用者さんたち。幼竹はやわらかいので包丁が入りやすく、最後に調理加工する際に大きさを調整していくので、必ずしも精緻に切る必要はありません。幼竹の運搬や皮剥き、剥いた皮を片付けるなど、年齢や経験、障がいの有無に関わらず、誰もが参加しやすい作業と言えます。
山本さんの指導でメンバーが包丁を持ち、タンタン、トントン……リズミカルな音を響かせます。あっという間に60本以上の幼竹がカットされました。間伐された薪を燃料にくべ、大きなカマドに大きな鍋をのせて、茹でていきます。1時間ほどかけて茹であげられた熱々の幼竹を口に入れると、ほのかな甘みと、すっとした歯ごたえもあります。
これを容器に入れて、茹でた幼竹の重量比で30%もの塩で漬け込んで、里山での作業は終了。この日集まった、障がいのある方も里山ボランティアも、企業で勤める方も、取材に入ったラジオ局の方も、1日いい汗をかいて充実した表情でした。
「塩漬けまでは保健所の届出が不要なので、いろんな里山整備団体とのコラボレーションがしやすいんです。里山保全活動の一環で幼竹の塩漬けまでできたら、この後の二次加工はハマチクラボの加工場で行います」と、小林さんは説明します。

幼竹の皮むきやカットは、やれば目に見えて成果がわかる作業。みんなで達成感を味わえる

「私たちは主にメンマづくりの指導をします。幼竹は可食部が4〜5割あるので、これまで廃棄されていた竹間伐材の有効活用になります。おいしく食べて竹林整備にもなり、福祉事業所とのコラボもできる。一石何鳥にもなります」(右:山本さん)

「久右衛門邸」のオーナー・近藤一美さん(右)は県内で多数の飲食店を営む会社の代表でもある。「就労支援の法人を運営するなかで、メンマづくりに利用者さんが参加できることに気づき、こんなにうれしい話はない、と思いました。経営するラーメン店で国産メンマを使うことができたら、ラーメンと里山、障害者福祉やSDGsがつながります」と、期待を寄せる
藪の外でも若竹育つ|こころぷれいす
戸塚区の里山での作業から1カ月半後の6月下旬、私は中区山元町の商店街の一角にあるハマチクラボの加工場を訪ねました。元お豆腐屋さんだったという加工場は、大量の水を扱いやすく、幼竹の塩抜き、メンマの味付けをするにはもってこいの場所。ここで小林さんの秘伝の味付けで、「ハマのメンマ」を製造します。

30%の塩で漬けた幼竹は、チロシンという旨味成分がたっぷり。しかしそのままでは塩辛すぎて食べられないので、さらに塩水に一昼夜浸けて塩分を抜き、味付け加工のプロセスに入る
小林さんは南区永田のご出身。ご両親が営む鮮魚店の看板(?)息子として下町情緒あふれるまちで育ちました。お父様の他界のあと、お母様が小林惣菜店として店を受け継ぎました。その後小林惣菜店は惜しまれながら店を畳むのですが、看板商品の「お母さんのつくるメンマ」は小林さんに受け継がれ、こうして「ハマのメンマ」として令和の時代にも愛され続けています。

左が「小林惣菜店」の味を受け継ぐオリジナルメンマ、中が今春キリンシティに提供して大好評だった「クラフトメンマのだし漬け」、右がハマチクラボの「ハマのメンマ金澤八味辣油味」。小林さんのメンマ人生を表現するような一皿
ハマチクラボの加工場の隣には、小林夫妻が営むカフェ「こころぷれいす」があります。こころぷれいすの看板メニューは、妻の千秋さんが焼くスイーツと、小林さんのつくるメンマまぜそば。ショーケースにあるスイーツと一緒にメンマが並ぶ不思議なお店です。この日も「こんにちは!」「おなかすいた〜」と、まるでわが家に帰ってくるかのように、入れ替わり立ち替わり地域の方が訪れてにぎやかでした。
実は小林さん、今年の3月に30年勤めた大手飲料メーカーを退職し、ハマチクラボとこころぷれいすの運営に軸足を移しました。安定したサラリーマン生活を捨ててまで、社会的な活動に邁進する理由は何なのでしょうか。
「店名には娘の名前を入れています。娘には自閉症スペクトラムという特性がありますが、カフェがあることで地域の方々と当たり前に一緒にいられ、周りの人も彼女の個性を受け入れてくれます。この場が彼女の可能性を広げ、同時に来る人みんなが自由に、ラクでいられる場所であればいいなと願い、こころぷれいすと名付けました」(小林さん)
障がいの有無を超えて誰もが楽しく参加できる竹林整備活動や、ラベルのシール貼りは就労支援作業所の方々が担うなど、事業活動があることで、多様な個性を持った方の関わりしろのバリエーションも広がっています。隣にコミュニティカフェがあることで、訪れた人が実際にメンマを食べたり、購入もでき、かつお客さん同士がメンマを通じて会話をして仲良くなり、その隣で娘さんが自分の時間を過ごしている。
こころぷれいすはコミュニティカフェと銘打っているわけではないけれど、「お家以上、カフェ未満」をうたい、子どもも保護者も素の自分のままでいていいんだよというやさしい雰囲気を醸し出しています。個性の強い子のケアを保護者だけで担わなくてもよい、ときに一緒に仕事もできる。「藪の外でも若竹育つ」、そんな故事に表される未来が見えるような気がしました。

コロナ時代は南区のシェアカフェで運営していたこころぷれいす。中区山元町で元豆腐屋に隣り合った店舗が奇跡的に見つかったことで、今年の3月に常設店舗としてオープンした。左は妻の千秋さん。娘さんは毎日お店に「ただいま〜」と帰ってくる
胸中、成竹あり|ハマチクラボが描く未来
一般社団法人を設立して1年ちょっとで、破竹の勢いで広がるハマチクラボの活動。1年目は年間450kgのメンマ加工でしたが、2年目は目標としていた1tのメンマ加工が実現しました。理念に共感した仲間たちと、さまざまな形でコラボをしています。
今回取材した戸塚区・名瀬の里山でのメンマづくりだけでなく、金沢区では地元の農家や小学生、地元の摘果みかんを加工製造販売するアマンダリーナらが連携してつくった「金澤八味」を使った「ハマのメンマ 金澤八味辣油味」が生まれたり、港北区の高校の学園祭と連携したり、横浜に本社を置く大手ビールメーカーのレストラン「キリンシティ」でのクラフトメンマの提供など、竹林整備という「入口」から、食べる「出口」まで、多様な展開が進んでいます。

福岡県糸島市で始まった「純国産メンマプロジェクト」のメンバーでもあるハマチクラボ。「おいしく食べて竹林整備」を合言葉に、メンマづくりを通じて放置竹林問題を楽しくおいしく解決しようと取り組む全国の仲間とつながっている。2025年産のメンマはマルシェ等で好評発売中だ
「できたら横浜18区それぞれのフレーバーのクラフトメンマをつくりたいですね。メンマづくりによってその土地の課題解決につなげて、人と地域と笑顔を結んでいきたい」と、山本さんは夢を語ります。
幼竹がとれる期間は4月中旬から5月上旬までの1カ月と短く、その間、晴れていればほぼ毎日竹林に入ってきた小林さんと山本さん。6月の加工を経て、7月以降は各地での販売や各種イベントと、今後はメンマを使った協業が本格化していきます。
「ハマチクラボは、メンマをつくって売る団体ではありません。メンマはあくまでもプロモーションツールなんです。食べ物というわかりやすいツールがあるからこそ、その背景にある竹害という社会課題や、地域コミュニティの希薄化などの諸問題も、楽しく解決できる糸口になるはずです」(山本さん)
「竹の絵を描く時には、胸の中に竹の形を思い浮かべてから描き始める=胸中、成竹あり」ということわざがあります。ハマチクラボが描き始めたその絵には、クラフトメンマ作りのその先、竹林のある各地で「人と地域と笑顔が結ばれる」社会の像がすでに浮かんでいるのです。

山本さんは不動産プロデュース業が本職。不動産の利活用の相談を受けるなかで竹害を目の当たりにしてきて、純国産メンマプロジェクトを知り「これだ!」とひらめき動いていたところ、運命的に小林夫妻にたどり着き、ハマチクラボの設立に至る。実は筆者のママ友でもある。「竹を割ったような」大胆かつ豪快な方

一般社団法人横浜竹林研究所(通称:ハマチクラボ)
https://www.instagram.com/hamachikulabo/
ハマのクラフトメンマの注文はInstagramプロフィールから受付中
こころぷれいす
住所:横浜市中区山元町1-9
営業:月・火・木・金 11:00〜15:00
https://www.instagram.com/kokopure556/
純国産メンマプロジェクト

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